ここには日本の戦後の「空の歴史」が書かれている。

現代の空港のきらびやかな空気の彼方にこんな屈辱と苦悩があった。

あの空を取り返せ!

ある航空管制官の歩んだ戦後 

松田 更一/著

発売日:2017年12月25日

1,000円(税込)

装幀

カバー/22世紀アート

デザイン/22世紀アート


発行形態:電子書籍

ジャンル:ライフ



「あの空を取り返せ!」

「血みどろ成田開港奮戦記」

「ある日航マンの深き悲しみ」

の三編を収めた力作!

 

ここには日本の戦後の「空の歴史」が書かれている。現代の空港のきらびやかな空気の彼方にこんな屈辱と苦悩があったということを多くの方々に知って頂きたい。

著書プロフィール


松田 更一(まつだ こういち)

 

昭和七(一九三二)年十一月、鹿児島県鹿児島市生まれ。その後、父の仕事先である朝鮮忠清北道に渡るが、終戦のため昭和二十(一九四五)年十月興安丸で釜山から引き揚げる。

大学卒業後、昭和三十一(一九五六)年運輸省(現国土交通省)航空局入省。板付空軍基地(現福岡空港)やジョンソン空軍基地(現入間基地)で米軍が主宰していた航空交通管制業務のテークオーバーに従事。日本への管制権返還後、日本で最初の航空交通管制本部管制官として従事。しかし、米軍から引き継いだ庁舎(後の東京航空交通管制部庁舎)は狭隘、かつ冷暖房施設は老朽化していたため、夏は高温多湿となり倒れる者が続出した。そこで「空気よこせ」のスローガンをかかげ、組合中心に移転運動を展開。その結果、三年後の昭和三十八(一九六三)年五月、なんとか念願の地上施設(東久留米市)へと移ることが叶った。

昭和五十二(一九七七)年、成田空港事務所配属、成田空港の開港準備に従事、その間「管制塔襲撃事件」に遭遇した。昭和五十九(一九八四)年、東京空港事務所配属、勤務中の翌年に日航一二三便事故発生。本省で勤務中の平成元(一九八九)年一月〜二月、昭和天皇崩御に伴う「大喪の礼」では、世界各国の大統領機、首相機等の受け入れ対応等に従事。平成四(一九九二)年五月、航空局退職。平成五(一九九三)年九月、財団法人小型航空機安全運航センター設立に従事。平成十六(二〇〇四)年退職。

 

風吹けば光をこぼす柿若葉   久史(俳号)


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コメント: 3
  • #3

    トモ (火曜日, 05 6月 2018 12:56)

    松田さんの目で書かれた自分が体験したことのノンフィクションの小説ですが、エンターテイメント性も兼ね備えているところが素晴らしいです。度重なる多くのいろんな状況にも負けることはありません。負けそうになることがありますが笑戦後すぐの日本では今では当たり前の権利である自由に飛行機が運行する権利すらありませんでした。そういったとてつもない困難な状況から始まるこの物語必読です。

  • #2

    ブルースカイ (火曜日, 05 6月 2018 12:55)

    戦後の資料が数多く残されているなかで、空の歴史について詳しく記述された書物はかなり少ないのではなかろうか。その点において、この本は著者の体験談が生々しく綴られており、胸を打つ。自由に海外旅行にいくことができる現代において、その恩恵を享受できているのも、戦後航空業界を担ってきた日本人の並々ならぬ努力と痛ましい苦悩のおかげなのだということを、痛感した。

  • #1

    ナフナフ (火曜日, 05 6月 2018 12:21)

    航空管制官と聞くと、テレビや映画の主人公としても描かれており、花形職業というイメージがあるが、昔はだれにも知られることのなかった秘密の仕事であったことには驚いた。また、苦労や困難とともに並々ならぬ努力が、作者自身の体験を元に語られており、とても興味深い。
    空の歴史を知るうえで見逃せない一冊であり、読み応えがある貴重な本。海外旅行にいったり、普段使用している品物が空運経由で届いたりと、馴染みある航空輸送。それを安全に支えているのは航空管制の賜物でもあるので、しっかり把握しておきたいものだ。