高度成長期の日本で様々な業種を経験した著者の出会った人々と家族への感謝、そして悔悟の想いを綴る随筆。

感謝と悔悟の坂道 -電子書籍版-

紀州・北山村で生まれて

寺前 恒規/著

発売日:2017年12月27日

500円(税込)

装幀

カバー/22世紀アート

デザイン/22世紀アート


発行形態:電子書籍

ジャンル:ライフ



和歌山県東牟婁郡北山村ー熊野川の支流、北山川が流れる険しい山々に挟まれた小さな村で生まれ育ち、高度成長期の日本で様々な業種を経験した著者の出会った人々と家族への感謝、そして悔悟の想いを綴る随筆。

 

ー本文よりー

私なんかはどちらかと言えば苦難を繰り返して歩く旅の連続で、曲りくねった道や、厳しい登り坂、転げ落ちそうな下り坂などばかり歩き続け、なかなか平坦な道をこれまで七十五年間歩いてこれなかったのです。何度も道を間違えて大きな迂回路を歩き、ムダな時間を費やしてきた道を、健康な身体で生かされて歩き続けることが出来た。

この有り難さを一体誰に感謝すれば良いのだろうかと、もう一度自分の歩いてきた道を辿って書き綴ってみたい気持が湧いてきたのだった。

著書プロフィール


寺前 恒規(てらまえ つねき)

 

昭和十六年(1941)、和歌山県の飛び地、北山村で生まれる。

昭和三十二年(1957)、中学卒業後、大阪に出て、紳士服問屋の丁稚小僧からスタートして様々な職業を経験する。

昭和三十五年(1960)、本田技研工業株式会社鈴鹿製作所へ入社。

昭和四十五年(1970)、三成工業を創業。

昭和五十一年(1976)、三成工業を株式会社に法人化。代表取締役。

平成二十三年(2011)、七十歳を節目として、三成工業を解散する。


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コメント: 6
  • #6

    あの日に帰りたい (木曜日, 27 9月 2018 16:58)

    人生の後半に自分のルーツを訪ねると言う誰しもいちどは思うことを作品にしています。育った故郷の北山村はとても過酷だと思うような場所ですが、それでも自分を作ってくれたと言う思いが作者の心の根底にあるような気がしました。また間に見られる激動の時代の中でいろいろな職業を経験していく姿も心がシンパシーを感じてしまいました。

  • #5

    Around還暦 (木曜日, 27 9月 2018 16:57)

    厳しい環境や逆境の中から素晴らしい文章を見出した石川啄木や、そういった文学者を連想させるような境遇で育った作者による小説です。時代の流れ変革にも負けず普通の人はしない位のたくさんの経験をしています。そういった方が人生を振り返ったことにえもいわれぬ味わいがこの小説にはあります。もし人生をもう一度見返したいと思う団塊世代は試してみては!

  • #4

    エイジ (木曜日, 27 9月 2018 16:57)

    激動の戦争の時代から、高度経済成長記に様々なことにチャレンジする熱い内容ですが、語り口はあくまでも優しく、丁寧です。自分史ですが独りよがりでないところに好感が持てました。一つ一つ思い出すと言う事は感謝に似ていると思いました。故郷への感謝や人への感謝様々な愛に溢れている。

  • #3

    三郎 (木曜日, 27 9月 2018 16:56)

    ふるさとへ 逃げ道つくる 師走かな
     無駄な道 などない脇道 回り道
     人は皆 道草食って 成人し
     筆者にとっては的外れかもしれないけれど、読後にこんな句を詠んだ。

    『苦難を繰り返して……平坦な道をこれまで七十五年間歩いてこれなかった』と筆者は述懐するが、だからこそ、スイスイ泳ぐ出世魚(特に養殖ブリは好きではない)にはない味を私は感じ取るのだ。
    『金属品供出のため没収された二宮金次郎像』――こんな挿話にも私は自然と反応し、過ぎ去った歳月を思う。……私が入学した頃にはその台座が残っていたが、我が母校の小学校は児童減と津波災害特別警戒区域に指定されて山麓に移転、校庭は更地になった。
    『戦後の食糧難と貧しさは今では考えられないものでした』――子供の頃出ベソを恥じていた私だが、何のことはないただの栄養不良、学校給食が始まると肉に沈んでしまったヘソ。
    『博打で散財する父』――我が家もまた「清水の次郎長一家の賭場が開かれたんじゃ」と祖母が語ったことを思い出す。
    『カバヤ文庫、市川歌右衛門、面子、ビー玉、大都会への憧れ……』――分かる世代には分かる懐かしい思い出というだけではなく、これらには今は失われた何か大切なものが潜んでいるような気がする。『商い、企業の盛衰、転職、結婚、起業、会社解散』――脇道、回り道が多いがそれらが無駄な道になっていないなと思う
    『生まれ育った故郷……平家の落人達が源氏に追われて住みついた村……安住できる場所を求めてさまよい歩く……遺伝子』――他人事であるせいか、私には浪漫が感じられる。
    『お遍路……北山川の水……淀川……木曽三川の水……』
     作者も述べている『比較的子供時代のことが記憶に残り、ごく最近のことが想い出せない現象』は作者より八歳若い私も同じ。

     懐かしさに駆られて書き出せばきりがないので、息子にこんな苦言を呈した挿話で筆を置く。
     ある日、「こっちが近道や」とやたらハンドルを切る息子に私はこうぼやいたのだ。
    「近道ばっか選んどると、早死にするぞ」
     その近道は事故多発地帯なのだ。

  • #2

    梅干 (水曜日, 19 9月 2018 17:20)

    厳しい自然環境に畏敬の念を持った作家さんなんだと思います。
    この作家さんのアイデンティティーはこの本でも書かれた通り自然の厳しい北山村にあるんだと思います。
    そういったところで育ったからこそこのような素晴らしい文章をかけたんだと思います。この人の文章もっと読んでみたいです

  • #1

    みどり (金曜日, 24 8月 2018 14:27)

    高度経済成長期の日本で様々な業種を経験しながら坂道を駆けあがった作者の、健康な身体で歩き続けることができたありがたさが、身に染みる。