業績を伸ばす 任せっぱなし経営」 

 

何事もプラス思考!そうすれば人生が大きく変わります。─ 

 

インタビュー :

今井 啓介 (今啓パール株式会社 代表取締役 / 作家 / 歌手)

 

今啓パール株式会社 代表取締役 / 作家 / 歌手・今井 啓介とは


 

今井啓介の実家は、宇和島で代々続くカマボコ製造業者であり、長男として生まれる。母方の祖父は文学者で「いろは道歌」という歌を残している。そこには人に裏切られた時の処世訓らしきものがあって影響を受けた。

 

1963年(昭和38年)、父親が死去するがその2年前に発病した内臓疾患のため体重は70kgから42kgまで激減し医者から「一生寝たきりの生活になるだろう」と宣告されており、その後病気は回復はしたものの家業のカマボコ店はたたむ。転地療養のためもあり、当時、叔父が経営していた神戸の岡添真珠に入社。12年間加工部門に勤務。1975年(昭和50年)6月には岡添の協力もあり資本金10,000,000円で今啓パールを設立。

 

当初、順調に滑り出すかに見えたが、創業10ヶ月目にして1,240万円に上る不渡り手形をつかまされたことを皮切りに、通算数十億円あまりもの不渡りをつかまされることになる。1980年からは珠(養殖真珠)を買い付け加工し製品化し始めるが、この際に資金のほとんどを投入したために翌年に買付けができなくなるが、運よく買えなかった。1981年には30%もの急激な値上がりがあり、損失を出さずに済んでいる。その後、採光が必要な真珠に隣地にビルが建つことで採光が悪くなり、この年度には珠の買付けを行わずに別社屋を購入するが、直後から不動産価格が急騰し、業績はよくなかったものの幸運に恵まれる。

 

円高が進行している最中にふとした偶然から円が280円台から170円台に急騰した直後に300貫のシーズン珠を買え、2億円で前年の4-5億円分の買い物ができ、損失分を取り戻すことができた。

 

設立後、6年間は今井が経営の一切を自らの手で行っていたが、ある研修で「一生懸命に事業をしてうまくいかないときは、その事柄はさておき、やっていないことにチャレンジしてみては」という講師の言葉にひらめき、「苦手な経理だけではなく、経営のすべてを社員に任せてしまおう」と決断。3年後には、社長が6人いるほどに社員が成長し、以来36年間業績を伸ばし続けてきた。現在では、目利きが必要で会社の命運を左右するような浜上げ真珠の入札ですら、若手社員に権限を委譲し任せているが、こうした経験をもとに今井は著書『業績を伸ばす任せっぱなし経営』(幻冬舎、2015年9月10日)を刊行。

 

実業のみならず多方面で多彩な活動を行っており、今出屋助左衛門の名でキングレコード東芝レコードなど演歌を数曲録音している。

 

 

日々を前向きに過ごすための幸せのヒント48: 豊潤人生いろは唄 (22世紀アート) Kindle版

今井 啓介 (著)

 

 

 

 

ーなぜか、俺は運が強いのだー 

あなたの人生を幸せにする48の言葉、成功者がいろは唄で説くヒント集! 

 

人生のあり方 

20代には夢をもて 30代では根を張ることよ 

40代では軸確かに そして知力体力を養い 

50代では… 

 

48編読み終わったころ、きっと全てが前向きになれるでしょう。  

 

日々を前向きに過ごすための幸せのヒント48 豊潤人生いろは唄 (幻冬舎)

今井 啓介 (著)

 

 

 

 

 

ーなぜか、俺は運が強いのだー 

あなたの人生を幸せにする48の言葉、成功者がいろは唄で説くヒント集! 

 

人生のあり方 

20代には夢をもて 30代では根を張ることよ 

40代では軸確かに そして知力体力を養い 

50代では… 

 

48編読み終わったころ、きっと全てが前向きになれるでしょう。  

 

業績を伸ばす 任せっぱなし経営

今井 啓介 (著)

 

 部下に仕事が任せられない経営者のための上手な仕事の任せ方

 

 著者である今井氏は、あることをきっかけに経営を社員に「まかせる」ことでビジネスを発展させた経験を持つ。

 しかし、任せるということ自体は簡単だが、任せた上でその責任は自分で背負うということは簡単ではない。

 著者の会社は真珠取引を行う会社で、一回の取引は数千万から億単位の額が動く。

 本書では、そんな今井氏が部下に大きな判断を「まかせる」時に大切にしているポイントをあげ、解説していくことで、上手な任せ方がわかり、経営者がワンマン社長を脱する方法がわかる書籍。 

 

結婚いろは歌 

今井 啓介 (著)

 

いろはと順にことばが出てくるので、書きためたもののひとつである。その中の一作、「結婚いろは歌」を世に出してみてはとすすめられ、冊子としてまとめることになった。

 

「い」意地も張る喧嘩もします結婚はそんな相手を選ぶが一番

「ん」嘘のない家庭をめざせいつの日も嘘は嘘だとわかるユーモア

 

これから結婚をする人、すでに結婚している人、

すべての人に向けたいろは歌。

 

 

 

インタヴュー:海野 有見

写真 / テキスト:向田 翔一


インタヴュー : 今井 啓介 (今啓パール株式会社 代表取締役 / 作家)

 

笑顔は、周囲を明るくします。


 

— 本日は、宜しくお願い致します。早速ですが、笑顔が素敵ですね。なんだか明るいパワーがあふれています。

 

今井 啓介  (以下 : 今井):ありがとうございます。何を話しても明るく変えていきながら話をしています。まあ、どこへ行ってもそうだから、大ボラ吹きなんていわれちゃいます(笑)。笑顔は、子供の頃に近所の素敵な笑顔のおじさんを見習いました。その方は、父親の友人でしたが周りの人をとにかく明るくしていたのを見て、私もできる限り笑顔でいようと意識していました。だから笑顔でいることは、子供の頃から身についています。大事なことです。笑顔は、周囲を明るくしますから。

 

ー 仰る通りだと思います!さっそく勉強になります。

 

今井:今日は、どんどん勉強していって下さいね。これは横取りではなく、縦取りです。ぜひ自分のものにしていって下さい。そして落ち込んだ時は、いつでも私に電話して下さい。私の声を聞いたら元気になれますよ。実際、知り合いからよく電話ありますし、某銀行の頭取さんも元気下さいと連絡がきますので握手をします。

 

ー 毎朝の習慣についてお伺いします。会社のスタッフや関係者のためにお祈りをしているそうですが、他にも心掛けている習慣があれば教えてください。

 

今井日記です。ふと何かを見るとすぐに言葉が湧き出ます。 それを書き綴っていきます。

 

ー なるほど。会話をしていても頭の回転が非常に速い方だと感じていました。

 

今井:ありがとうございます。しかし、あまり考えていないのだと思います。ですから周囲から見れば失敗も多いと思います。しかし私は失敗とは思っていません。過去の経験があるからこそ現在の私があると考えています。

 

ー なるほど。プロフィールを拝見する限り、大変な状況は過去何度もあったように見受けられますので、説得力が違いますね。

 

今井:いえいえ、とんでもありません。別に格好の良いことを言うつもりはないですよ。ましてや、私は、歌手でもありますので、普段から朗らかに生きようと意識しています。

 

ー 今出屋助左衛門という歌手名でキングレコードや東芝レコードからデビューされていますよね。

 

今井私は、ステージを所狭しと動き回るタイプです。いつか母親に言われたことがあります。「あんただけ行儀が悪い」って。理由を聞いたら、他の歌手はじっと立っているのに私だけは動き回っていて落ち着きがないと(笑)。でもね、動き回るのは照れ隠しなんです。ジッと立っているとリズムにのれないだけなんです。あと私は、歌詞を覚えるのが全然だめで私の歌なのに未だに歌詞を覚えてないです(笑)。

 

ー あら、意外ですね

 

今井:昔から記憶力があまり良くなくて。当時は、劣等感を持っていたこともありましたが今では立派な才能だと思っていますよ(笑)。

 

ー 何を話しても明るく明るく変えていきながら、という冒頭のお話でも感じましたが、セルフコントロールが自然に身に付いていますよね。

 

今井:そうかもしれませんね。それこそ子供の頃は、勉強もやらないだけでやればできると自分に言い聞かせてきました(笑)。私の家はかまぼこ屋でしたから、手伝いをする時間が多くて、小学校・中学校の頃からずっと忙しかったです。そのかわりによく稼いでいました。それこそ当時の担任の先生ぐらい稼いでいたかもしれない。子供の頃からそういう生活だったから、経営という道へ進んだのかもしれないですね。

 

ー 今井先生とお話していると、相田みつお先生の「一生勉強 一生青春」という言葉が浮かんできます。

 

今井:そうですか。たしかに日記を書いたり、絵を描いたり、今の生活は勉強だと思っています。会社を任せて、37年になります。また、1日3時間半の睡眠時間も数十年に渡り、心掛けてきましたので、あわせて相当な時間ができます。私の場合、遊びにはいきませんでしたので、歌を歌ったり、お酒を飲んだりして元気になったのがプラスに働いたのだと思います。

 

ー お酒飲んだ次の日も睡眠時間3時間半ですか!?

 

今井:明日、どうしても今日中に解決すべきこと以外は、ほぼ毎日お酒を飲んでいます。2時、3時までベロベロに飲んでも三時間半の睡眠で会社に行っていました。心掛けていたことですから。

 

ー でも、まだ酔っていますよね(笑)。

 

今井:はい、酔ってます(笑)。相手からしたらお酒の匂いがプンプンです。さらに特に英語も話せないのに外国の方と商談もしていました。数字と、イエス、ノー、サンキューがわかればなんとかなりますよ。時々、バイヤーに今度来る時までに英語をマスターしとけって言われたりしますけど、いまだにやっていません。難しい話は通訳がいるから、大丈夫です。

 

ー 今井先生の周りが、エネルギーに満ち溢れてキラキラしてます。ちなみに最近、興味があることを教えてください。

 

今井過去からの未来へと目紛しく変わっていきます。最近、「エクサスケールの衝撃 次世代スーパーコンピュータが壮大な新世界の扉を開く / 齊藤元章著」を読んでからワクワクしています。砂漠でみかん作る話なんですよ。もうウキウキです。

 

 

任せっぱなし経営について


 

ー つぎに任せっぱなし経営についてお伺いさせてください。

 

今井:社員の意思に任せて何も言わないようにしています。売り買いと読み書き、計算ができれば任せられるます。人間というのは素直なのです。いわゆる分社業の社長みたいなものです。いちいち相談しなくてもいい。失敗してもいい。任せるから自分で考えよう。という方針です。震災の時には、4億5千万の不渡りもらう事もありました。担当していた社員は、責任を感じ社長室へ土下座する勢いで現れました。私はその社員に「最初から失敗しようと思ったか。失敗させたのは私だから。私にあやまる必要はない。」と言いました。

 

ー 素晴らしいお話ですね。

 

今井:それでも号泣していましたが、失敗したこと各々が何も言わなくても反省します。だからみんな育っていくのです。 

 

ー そうだったんですね。それでも任せるというのは、非常に難しいと思います。実際に行動を起こすには、それ相応の信頼が必要ですか。

 

今井:皆さん、そう仰いますね。私自身、これまでの日記の中にも、信頼の言葉を書いています。しかし、ある時、これは違うなと思うようになりました。人間で1番信頼できないのは、自分自身じゃないかと思いました。例えば、今日から食事とお酒を制限しようと思っていても、2、3日するとすぐ忘れてしまいますよね。つまり一番信頼できないのは自分自身ですよ。人に仕えたならば、一生懸命努力をして成果を出そうとするものです。よく会社を辞めた社員のことを裏切ったなどと言う人がいますが、あれは違いますよね。その人に魅力がないから離れていくんですよ。失敗させたのは社長の責任、そう行動していればみんな付いていくものです。私の知人は、私が執筆した「業績を伸ばす 任せっぱなし経営」を読んだ際に、私を前にしてるみたいだと話してくれました。しかし、私のことを知らない人にとっては、こんなこと本当にできるのかという疑いの目で読むでしょう。でも、そこで是非皆さんにお伝えしたいのです。疑いの目で読んだら身に付くことも身に付かないんです。

 

ー 正直、始めて読んだときは半信半疑でした。ただ、今日お会いして、この人ならありえるなと思いはじめています。一本筋を通して生きる姿は、憧れます。

 

今井:でもね、私はすごい人ではないんです。当たり前の人間なんです。ただ任せているだけです。私は普通の人間ですよ。みなさん、覚悟だと言ってくれるけど、なんの覚悟もしていません。正直、あまり賢い人間とも言えないと思います。ここではあえて伏せますが、修羅場は何度も経験しているので、そういうくそ度胸持ちではありました。だから任せることができたのかもしれない。自分の命がどうなっても相手を助けようという考えでいます。日本人は、本来そういう人種だと思います。

 

 

本を出版するきっかけ


 

ー 本を出版するきっかけについてお伺いしてもよろしいでしょうか。

 

今井幻冬舎大阪支社の男の子が私に本を書けと言ってきました。27、8歳くらいでしたね。私のブログを見てのオファーでした。それを書き上げ、次は幻冬社の福社長から直々のオファーがあり、次は本社に任せてくれと言われましたので、任せました。その時の担当者だった男の子は、関西トップの営業マンに成長したそうです。私に会うたびにいいことがあるんですって言うから、ヨイショされているのかと思っていたんですが、本当だったみたいです。

 

ー インタビューをしているうちに私の心も不思議と晴々してきています。

 

今井:先ほど、名前入りの大和言葉を書きましたが、あれを清書して差し上げます。それを見て読むだけでも元気がでます。私自身もそうしています。生命保険会社と大きな契約をした時に書いてくれたのが、名前入りの大和言葉のようなものだった。それから祖父が、いろは道歌(どうか)というのを作っていました。それがひとつの習慣になった。大和言葉は、望月美佐先生が書いた大和言葉はクリントンにも贈ったんだ。その和歌をクリントンが今上天皇に英語でお迎えの言葉として使ったそのお返しにベンジャミン・フランクリンの言葉を和歌によんだ言葉を送り返してくれました。その話を聞いた頃から一連の流れが、今の自分が創っていると思っています。

 

ー 祖父、祖母からの影響が大きいのですね。他にも実践していることありますか。

 

今井にんにく醤油で新鮮な魚を刺身で食べさせてくれていました。それ以来、疲れるとにんにくを生でかじります。口の中が火傷ですよね。胃も大変です。それでも、体に良いと言い聞かせていますので、元気になりますよ。臭いですけどね(笑)。それからもう一つ。私は、車の免許を持っていません。私が20歳になるころ、免許取りたいと話したら、車は運転するものじゃない。後ろに乗る人間になれと言われました。その時は、腹が立ちましたが、今こんな生活が出来るのも免許を取らなかったおかげだと思っています。

 

 

最後に一言頂いた。


 

メッセージをいくつか送りたいと思います。

 

① 何事もプラス思考で考えることを勧めます。そうすれば人生が大きく変わります。私自身、過去様々なことを経験して、ここに居ます。

 

② 人生を振り返ると、とんでもない話がいくつもあります。何ごとにも向っていくことは、とても大切です。

 

③ ご縁を大切にしましょう。出会いは、運命を変えます。運が良いということは、とても大切な事です。

 

④ 自分が持ってないものを人が持っていたら、それを素直に学び、自分のものにしましょう。横取りではなく、縦取りです。真似して学んで、自分のものにしましょう。

 

 

プロフィール



今井 啓介(いまい けいすけ)

 

今井啓介の実家は、宇和島で代々続くカマボコ製造業者であり、長男として生まれる。母方の祖父は文学者で「いろは道歌」という歌を残している。そこには人に裏切られた時の処世訓らしきものがあって影響を受けた。

 

1963年(昭和38年)、父親が死去するがその2年前に発病した内臓疾患のため体重は70kgから42kgまで激減し医者から「一生寝たきりの生活になるだろう」と宣告されており、その後病気は回復はしたものの家業のカマボコ店はたたむ。転地療養のためもあり、当時、叔父が経営していた神戸の岡添真珠に入社。12年間加工部門に勤務。1975年(昭和50年)6月には岡添の協力もあり資本金10,000,000円で今啓パールを設立。

 

当初、順調に滑り出すかに見えたが、創業10ヶ月目にして1,240万円に上る不渡り手形をつかまされたことを皮切りに、通算数十億円あまりもの不渡りをつかまされることになる。1980年からは珠(養殖真珠)を買い付け加工し製品化し始めるが、この際に資金のほとんどを投入したために翌年に買付けができなくなるが、1981年には30%もの急激な値上がりがあり、損失を出さずに済んでいる。その後、採光が必要な真珠に隣地にビルが建つことで採光が悪くなり、この年度には珠の買付けを行わずに別社屋を購入するが、直後から不動産価格が急騰し、業績はよくなかったものの幸運に恵まれる。

 

円高が進行している最中にふとした偶然から円が280円台から170円台に急騰した直後に300貫のシーズン珠を買え、2億円で前年の4-5億円分の買い物ができ、損失分を取り戻すことができた。

 

設立後、6年間は今井が経営の一切を自らの手で行っていたが、ある研修で「一生懸命に事業をしてうまくいかないときは、その事柄はさておき、やっていないことにチャレンジしてみては」という講師の言葉にひらめき、「苦手な経理だけではなく、経営のすべてを社員に任せてしまおう」と決断。3年後には、社長が6人いるほどに社員が成長し、以来36年間業績を伸ばし続けてきた。現在では、目利きが必要で会社の命運を左右するような浜上げ真珠の入札ですら、若手社員に権限を委譲し任せているが、こうした経験をもとに今井は著書『業績を伸ばす任せっぱなし経営』(幻冬舎、2015年9月10日)を刊行。

 

実業のみならず多方面で多彩な活動を行っており、今出屋助左衛門の名でキングレコード東芝レコードなど演歌を数曲録音している。