カメラがくれたもの 

 

撮った分だけ出会い、撮った分だけ見つかる─ 

 

インタヴュー :

宮川 長ニ (写真家・地名研究家)

東北の伝統文化といえば、奇祭といわれるものから全国から人を集める火まつりまで、どれも個性的なものばかりが目立つが、本来は民衆の感謝や祈りや慰霊のために神仏および祖先をまつられてきた大切な行事である。

そして、東北の伝統文化として常に人々を魅了し、若い者へと継承し続けている。

  

東北の伝統文化が継承される様を実感できないという方がいるならば、ぜひ写真家・宮川長ニの作品を見てほしい。

 

日本には、約6.5万人の写真家がいる。 

 

その中に、東北の伝統文化をもくもくと世界に向けて発信し続ける一人の男の尊いドラマがあることをご存知だろうか?

 

写真家・宮川 長二


宮川 長ニ 85歳

宮城県に生まれる。高校卒業とともに東北大学科学計測研究所に勤務。研究所にて実験写真、カメラによる文献複写などの科学写真を中心に撮影、現像処理技術を習得。東北の伝統をテーマに作品制作を開始。東北観光写真コンクールを皮切りにフジカラー、ミノルタ主催のコンテストや二科展でも文部科学大臣賞ほか名立たる賞を受賞。現在は、活動の場を世界へ広げ、日韓国際交流や日中国際交流に協力する他、世界30カ国へ出品し優秀賞を受賞する。東北の伝統をカメラを通して世界へ響かせられる唯一無二の写真家として、貴重な一人である。

 

昭和27年3月 宮城県工業高等学校電気過程卒業 

昭和27年6月 東北大学科学計測研究所に勤務 

平成4年3月 同所を定年退職 

平成4年4月 石巻専修大学に勤務 

平成9年3月 同大学を定年退職 

 

写真歴 ----- 

写真は研究所勤務中、実験写真・カメラによる文献複写などの科学写真を中心に写真 

の撮影や現像処理技術を仕事の一部として習得した。 

 

昭和42年 フジカラ ー 写真コンテスト(全国・スライドの部 「秋田おばこ」)銅賞 

昭和45年 第6回東北観光写真コンク ー ル(河北新報社)「男鹿のなまはげ」準特選 

昭和46年 さくらグランドフォトコンテスト(第一部)「 早池峰神楽」 銅賞 

昭和51年 国立療養所西多賀病院・鳥海悦郎写真集 『存在』 の編集スタッフとして参加 

昭和52年 第62回二科会写真部 「少女」 入選 

昭和54年 第64回二科会写真部 「たばこの季節」 入選 

昭和57年 第67回二科会写真部 「暮れる山上湖」 入選 

昭和57年 宮城県写真展 「正月の娘たち」 宮城県知事賞(以後無審査) 

昭和59年 文部共済会写真展・特選 「合格発表の日」 特選・文部大臣賞 

昭和59年 個展「 街道の四季」( 仙台ジャスコ) 

 

平成10年 日・韓交流出品(仙台市)「 夏の葦原」 

平成11年 「牡鹿半島・金華山の風景」( 仙台ミノルタフォトサービス) 

平成11年 宮川長二 個展「 曙」 アミューズ・ミュージアム・東京・浅草 

平成11年 宮川長二 作品集「 曙 - あけぼの」 

平成12年 第16回河北写真展「 一休み」 特選・河北賞(河北新報社) 

平成12年 第25回東北二科展「 出を待つひととき」 宮城二科賞 

平成13年 Japan Expo 14「 テーマ WABI-SABI」( 東北の伝統文化) フランス・パリ 

平成13年 「タイ国王献上美術本」製作( 株)フィネス 

平成13年 第26回東北二科展公募展「 祭りの子」 141賞 

平成13年 第17回河北写真展「 照れないで」 準特選・藤崎賞(河北新報社) 

平成13年 日・中国際交流展「 夏の葦原」 

平成14年 第27回東北二科公募展「 祭りの朝」 ピアス賞 

平成14年 日・中国際交流展「 長春点描」 

平成16年 第20回河北写真展「 福を呼ぶ」 準特選・藤崎賞( 河北新報社) 

 

以上の他、美術出版社による国内美術展・国際日本美術展(37ヶ国)に出展・ドイツ芸術大賞ほか受賞 

 

所 属 団 体 お よ び 役 職 

全日本写真連盟・関東本部委員および県本部顧問 

(社)宮城県芸術協会会員 

二科会写真部宮城県支部会員 

宮城県写真連盟・顧問 

 

河北新報社主催コンクール入賞作品 

第6回 東北観光写真コンク ー ル・準特選・河北賞「男鹿のなまはげ」 入賞作品 

第8回 東北観光写真コンク ー ル・特選・河北賞「男鹿の年暮れ」 入賞作品 

第16回 河北写真展・特選・河北賞「一休み」(2000年) 入賞作品 

第17回 河北写真展・準特選・藤崎賞「照れないで」(2001年) 入賞作品 

第20回 河北写真展・準特選・藤崎賞「福を呼ぶ」(2004年) 入賞作品


東北の伝統文化:500円 税込み(電子書籍)
東北の伝統文化:500円 税込み(電子書籍)

東北の伝統文化 : 写真がくれたもの

宮川 長二

 

東北―

それはかつて震災、津波によって多くの尊い命が失われた場所……。そこにはそこはかとなく魂が宿っている。

 

写真家、宮川長二が、東北地域に点在する祭事を中心として、生きている情景を活写した珠玉の写真集。二科会写真部に所属し、長年写真を撮り続けてきたその証をここに。

 

どこか東北のあかつき暁を想わせる、郷愁感漂う写真集。


「照れないで」2000年(福島)

第17回河北写真展準特選・藤崎賞

宮川 長ニ

 

インタヴュー :海野 有見

 

写真&テキスト:向田 翔一

 


インタヴュー : 宮川 長ニ (写真家・地名研究家)

 

これは、宮川 長ニ氏がこれまで語ることのなかった写真家としての想いである。


 

宮川長ニ(以下、宮川):よろしくお願いしますよー。

 

自然体な口調がなんとも緊張感を和らげる。 

 

— 本日はよろしくお願いいたします。

 

宮川氏は、意外にも高校を卒業するまではカメラとの関わりはほとんど縁のなかったという。それは突然の出会いだった。

 

ー 写真を撮り始めたきっかけを教えてください。

 

宮川:工業高校を卒業後に、東北大学化学計測研究所に勤務したんですよ。新しい磁性材料の開発を担う研究室でした。助教授の下で実験を進めることになりました。実はここで、当時、貴重な外国の科学雑誌の回覧途中に、必要な論文をコピーすることになっていました。作業は所内にただ一台あったライカカメラを使って接写で複写するので図柄やピント合わせが大変でした。それにフイルムの現像、プリントは助教授の先生から手ほどきを受けました。写真との関わりは文献複写がはじまりでした。後の撮影は、化学写真全体に及びました。

 

ー あ、そうだったんですか。初めてカメラ使うのがお仕事だなんて大丈夫だったんですか?

 

宮川:文献の複写は、現代では優秀なコピー機で簡単にできますけど、当時はやはり大変でした。救われたのは、カメラや感光材料の開発期で、化学写真について企業も、講習会などに力を入れ技術の向上に寄与してくれたことでした。この機会に写真処理の基礎を学んだことが、趣味の写真にも大いに役立ちました。

 

ー なるほどー。写真が書籍や資料の代役となるわけですかー、なんだか時代を感じますね。

 

宮川:現代からすると信じられないかもしれないが、そういう時代があったんですよ。忘れないでね。(笑)

 

ー ですね(笑)。実際、撮影以外にも現像まで自身でこなすとなると、なかなか高度なテクニックが必要になりそうですね。

 

宮川:仕事をしながら覚えるとなると、失敗を最小限に抑えながら日々技術を改善していく作業だから、正直骨の折れる仕事だったことは間違いないね。実験データなんかを含めると、膨大な量をとにかくとった。そのうち改善していくことが楽しくなってきてね。もっとこーやろう、あーやろうってアイデアが沸いてくるのです。そのうち他にも写真を撮る人はいるんだけれども、いつの間にか「難しい撮影は宮川にまわせ!」という暗黙のルールみたいなものが出来上がったんだ。好きこそ物の上手なれって言うやつだね。

 

ー おーそれはすごい。すぐにプライベートでも撮影しはじめたんですか?

 

宮川:そうだね。すぐに富士フイルムの講習会に参加して、仕事とは違う撮影の仕方を学んで、あとは、また独学だね。ただ、今まで難しい文献ばかり撮影、現像してきたでしょ。女性モデルを撮影したときの暗室でゆ〜っくりモデルの笑顔が浮かびあがってきた時は、感動したなぁ。改めて写真っていいなぁと思えたし、それ以来、ただの作業だと思ってた現像もすっかり好きになったよ。(笑)

 

一同(笑)

 

 

撮った分だけ出会い、撮った分だけ見つかる


 

宮川:良い作品できたから、早速出してみようってことで昭和1967年にフジカラー写真コンテストに出した「秋田おばこ」がいきなり銅賞を受賞したもんだから、ますます楽しくなっていって、続いて東北観光写真コンクールで「男鹿のなまはげ」が準特選を受賞。これは、正直、会心の出来だった。下から舞い上がるような雪を初めて撮影できた。このとき初めて賞金を獲得したんです。10万だったかな。

 

ー そうだったんですね。これまでの作品の中で、特に印象に残ってるものについて、エピソードなどありましたら、ぜひ教えてください。

 

宮川:あー、それならやっぱり「照れないで」かなぁ。あの作品は、2000年に東北の文化としての集落を撮影したいと思ってね、福島の奥地へ行ったんだ。凄く遠かった。そのときにね、一人のおじいさんに出会った。とても良い出会いだった。なんとも雰囲気がよくてね。この人を撮りたいと強く思ったんだ。それで、すぐに声をかけたら、ハニカミながら二つ返事でOKを頂いた。

 

ー おー。

 

宮川:まあ、普段撮り慣れていない分、照れてね、なかなか良い具合にいかなかったところに、おじいさんの飼い犬が近づいてきて、おじいさんの顔を見つめたんだ。そのとき、一瞬、おじいさんがもの凄く自然な表情になった。その瞬間が作品になった。それが「照れないで」です。なんだか犬がおじいさんにそう言っている気がしてね(笑)。

 

ー まさに運命的な出会い(笑)

 

宮川:これまで撮影させてもらったら住所を聞いて後で写真を送るようにしています。ただ、なぜかそのときだけは、住所を聞いてなかったんです。それから「照れないで」は、河北写真展で準特選を受賞すると、たちまち日本の国立新美術館および世界各国の主要美術館での展示されるようになり、カレンダーにもなった。まさに僕の出世作といえるものだ。

 

ー はい。私もこの作品でファンになりましたし、そういう方も多いと思います。

 

宮川:それで、この事をやっぱりおじいさんに伝えなきゃと思って、カレンダーを持っていったんです。そしたらもう亡くなられていてね。これは残念でしたね、もうすこし早く行ってればって。でも、そういうことがあってからは、これまで以上にカメラを通した出会いというものを大切にしています。

 

ー 宮川さんの写真に出てくるモデルさんには、絆のようなものを感じていました。そういう背景があったからなのですね。

 

宮川:そうかもしれませんね。実際、長年撮り続けているので、ある少女の写真を撮り、その子が成人するまで撮っていたりする。子供の成長を見守るような気持ちですよ。

 

 

素敵な写真の撮り方


 

ー 最後に、素敵な写真を撮るコツのようなものがあれば教えてください。

 

宮川:写真を撮るときは、まずデッサンというか下書きを用意しましょう。それから写真を撮る際の演出も忘れずに。モデルさんを生かすも殺すもカメラマン次第ですから。あとは、あまり気を張らずに、子供でも大人でも楽しんで見て欲しいと思う気持ちが大切ですね。すべての人々へしみこむように、心をうつようにと願いを込めて、写真を撮り続ければ、いつか多くの人々を魅了できる一枚が出来上がる、というか巡り会えるのではないかと信じています。 

 

ー 本日はありがとうございました。 

 

 


 

最後に一言頂いた。

 

これからも日本の「東日本大震災」での被災者に向け復興の励まし、安らぎや潤い、それに微力ながら自信や活力を与えるべく「東北の民俗・祭りなどの伝統文化」をテーマに作品づくりをして参りたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

プロフィール



宮川 長ニ 85歳

 

宮城県に生まれる。高校卒業とともに東北大学科学計測研究所に勤務。研究所にて実験写真、カメラによる文献複写などの科学写真を中心に撮影、現像処理技術を習得。東北の伝統をテーマに作品制作を開始。東北観光写真コンクールを皮切りにフジカラー、ミノルタ主催のコンテストや二科展でも文部科学大臣賞ほか名立たる賞を受賞。

 

現在は、活動の場を世界へ広げ、日韓国際交流や日中国際交流に協力する他、世界30カ国へ出品し優秀賞を受賞する。東北の伝統をカメラを通して世界へ響かせられる唯一無二の写真家として、貴重な一人である。