「ピースボートは、寿命が延びる」

 

 見て聞いて101日間の地球一周船旅 

 

インタビュー :

戸山 和子 (エッセイスト)

 

1947年、山梨生まれの元小中学校教師のエッセイスト、戸山和子(とやまかずこ)。

 

電子書籍「見て聞いて101日間の地球一周船旅 」が Amazon 無料総合ランキングにて最高6位、5日間トップ20以内という結果を残し話題となる。

 

戸山は、中学2年生のとき、山あいの田舎町で空を見上げながら広い世界を夢見ていた。

狭い町しか知らない戸山にとっては、他県でも良かったはずだが、地図帳や地球儀を見ていると、このように大きい大陸があるのだから見たい、広い世界を歩きたい、という思いが湧き上がっていた。

 

しかし、そのような思いが急に叶うべくもなく、この思いは意識の底へ沈んでいった。

それでも時には、浮かび上がってきて世界に思いを馳せていたものの、「世界を歩いてみたかったんだ」と過去形になって浮かんでいた。

 

そう、これは、夢に一生懸命な女性の熱き物語である。

 

 

見て聞いて101日間の地球一周船旅 (22ART PUBLISHING) Kindle版

戸山 和子 (著)

 

海外への旅を夢見ながら、飛行機を忌避する気持ちと、二〇代の船旅の感動が一緒になって、私の船旅への関心は膨らんでいた。ある日の新聞に大きく船旅の宣伝が載り、豪華客船ほど高価な船旅ではなく、「ピースボート」と書かれた大きな船なのに手ごろな価格が記されていた。家族が読んでしまった後、私が切り抜いているのを見て夫が言った。「そんなに行きたいんじゃあ、気が済まないだろうから、計画を立てて一人で行ってくるといいよ」船旅は好きでない夫がそう言うのなら行けるかも知れない、思っていれば距離が縮まってくるのだ、と私の胸は期待で膨らんできた。 

 

平成一九年二月二五日(日)、ついに私の乗った「トパーズ号」が横浜の大桟橋を離れる。大音響の心地良い音楽、乱れ飛ぶ紙テープ、そして何と多くの人々が見送りに来てくれていることだろう。「行ってきまあす」と声をそろえて言うと、「行ってらっしゃあい」と大きな声が返ってくる。ありがとう、ありがとう、私は心の中で言っている。目がうるうるしてくる。嬉しいな、ありがたいな、私は大きな喜びの中にいる 

 

 


インタビュー : 戸山 和子 (エッセイスト)  


戸山 和子

1947年、山梨県生まれ。

現在は、埼玉県さいたま市在住。

公立小中学校で教師を21年間勤めた後、主婦となる。

その後、カルチャーセンターや文藝学校で学び、短編小説やエッセイを同人誌に発表している。

 

インタビュー  :海野 有見

写真 & テキスト:向田 翔一

 

 

自分が思っていることは、いつか必ずできる。


 

ー それでは、インタビューはじめていきたいと思います。

 

戸山 和子 (以下 : 戸山):はい、よろしくお願いします。

 

ー 10代では、思いを馳せていたわけですが、20代はどうでしたか?

 

戸山:20代の初め、友達としゃべっているうちに外国旅行をしようということになりました。遠くはお金がかかって無理なので、最初の外国旅行は船で沖縄と台湾に行くことにしたんです。

 

ー ツアーですか?

 

戸山 : ツアーではなく、女友達と二人で船会社やアメリカ大使館等に行き、ガイドブックを読みながらの旅行でした。

 

ー あれ?沖縄と台湾旅行でアメリカ大使館ですか?

 

戸山 : そう!当時、沖縄はまだ返還されていなかったから。

 

ー なるほど、そうでした。

 

戸山 : はい。その後、石垣島へ寄り、台湾に到着しました。

 

ー ついに外国ですね!

 

戸山 : 台湾に一歩足を踏み出したときは、「やった、とうとう外国の地を踏んだ」と、感激で足が震えました。ほぼ40年前、外国旅行は今ほど一般的ではありませんでした。客船というより、貨物船の空いている所に人を乗せているような船で、船底の大部屋に100人近くの人がごろごろと寝そべっていました。船酔いで気持ちが悪くなり、枕元に置いた金盥(かなだらい)にゲーゲー吐いていました。私にとってそれらが嫌なことではなく、その時も、その後40年近い間も現在も、心地良い感動的な場面になっています。

 

ー 正直、40年前がそこまで過酷な状況だとは知りませんでした。

 

戸山 : 船旅の感激が忘れられず、20代の私はその後二度飛行機で外国への旅に出て、ヨーロッパの四ヵ国を歩きました。そのころの私は恐い物知らずで、旅の足は何でも良かったのです。ところが、結婚して子どもがある程度大きくなると、私は飛行機に乗りたくなくなっていました。

 

ー あー、なんとなく気持ちわかります。

 

戸山 : 海外への旅を夢見ながら、飛行機を忌避する気持ちと、20代の船旅の感動が一緒になって、私の船旅への関心は膨らんでいた。

 

ー なるほど、それが夢の旅のきっかけですね。

 

戸山 : そう!ピースボートです!

 

ー おー! 

 

 

ピースボートでゆく世界一周の船旅へ


 

戸山 : ある日の新聞に大きく船旅の宣伝が載り、豪華客船ほど高価な船旅ではなく、「ピースボート」と書かれた大きな船なのに手ごろな価格が記されていました。家族が読んでしまった後、私が切り抜いているのを見て夫が言ったんです。

 

「そんなに行きたいんじゃあ、気が済まないだろうから、計画を立てて一人で行ってくるといいよ」

船旅は好きでない夫がそこまで言ってくれるのなら本当に行けるかも知れない、思っていれば距離が縮まってくるのだ、と私の胸は期待で膨らんできた。

 

ー それでも、現実は中々すぐには行けなかったりしますよね。

  

戸山 : そうなんですよね。夫が定年退職すると、私が長い旅をしても良いだろうという気持ちが強くなりました。私は20代の旅の後、30代は仕事と家事や育児に追われ、40代半ばからは飛行機に乗りたくなくなって、30年も外国旅行をしていませんでしたし。ただ、夫は、結婚後何回も一人で飛行機を使った外国旅行をしていたから、夫が船旅をしたくないなら、私が一人で船旅をしても良いだろう、大体二人して家を空けてしまうのはかなりの無理があるなとか、あれこれ考えを巡らせていました。

 

ー いやあ、旅行前の葛藤って色々ありますよね。悩んでるうちに締め切りがきたり、売り切れになったりしますよねー。

 

戸山 : そう。早期申し込みの割引料金になる期間が近づいてきて、やらなくてはならないことがあります。

 

ー 具体的には、どういったことがありますか?

 

戸山 : 説明を聞きに行くこと、船の中を見学に行くこと、息子に都合を聞くこと、心構えや用意をすること等です。私にとって初めての大きな旅、この旅をすることによって何かが変わったら、旅を契機にそれまでと違う人生になったら、と想いが広がっていったりしました(笑)。

 

ー それ、わかります!私もいつか行きたい国があるのですが、同じことを考えてました(笑)。

 

一同(笑)

 

戸山 : そして、フレンドリーの船室での旅行代金 139万円を振り込みます。夢のまた夢だったような船旅、旅費全額を振り込むことで、空中にあるような夢は、地に足の着いた現実になりました。

 

ー なんだか出発前のお話ですが、胸が熱くなってきましたね〜。旅行ガイドブックなどもあるわけですよね?

 

戸山 : そうですね。私の場合は、ガイドブックではありませんでしたが、70歳の記念にピースボートの船旅をした作家さんの本を読んだ結果、色々と疑問が湧いてきましたが、結果、船旅は大体どのようなものかが分かり、安心感が持てました。

 

ー 色々な疑問とは?

 

戸山 : はい。

① 作者は神社仏閣に何度も安全祈願をしているが、それほどの危険があるのか。

② 大きく船が揺れてベッドから落ちたとあるが、もしベッドの上段に寝ていて落ちたら骨折してしまうのではないだろうか。

③ 船酔いには強いと思っていたという作者まで船酔いをしたとあるが、大型客船でも多くの人が船酔いをするのか。

④ 自宅にいた奥さんが送ったかりんとうと揚げせんべいに涙を流したとあるが、そんなことで涙が出るほどの船内生活なのか。

⑤ 同室の人と反りが合わなくて、陸の旅に変えたとあるが、陸の旅に変えたくなるほど深刻な仲たがいがあるのか。

 

やはり三ヵ月というのは大変な旅なのか。読んでいると、楽しい旅というよりも辛い旅のようであり、芭蕉の「奥の細道」の旅のイメージとダブってきました。

 

ー なるほど、その他、準備に活用したものはありますか?

 

戸山 : 旅に出る前に見ておいた方が良いと、17本のビデオを紹介されまして、近くのレンタル店にあった 3本のビデオを見ました。後は、東京の説明会で、元日本ユネスコ協会連盟事務局長の吉岡淳さんの話を聞き、世界遺産の概略が分かり、保護するために設けられたのだと理解しました。また、船旅に出発する前に読んでおいた方が良いと紹介された本が 51冊あり、10月中旬から読み始めました。11月になると船旅の本ばかりを読んでいるようになり、ポイントもノートに書き取っておきました。本を読んでいると、訪問国の様子が分かってくるから、一通り目を通してから出かけると良いと思います

 

ー ピースボートを楽しむために色々なサポートがあるわけですね。

 

戸山 : そうですね。私が乗ろうとしている船はどのような船か、比較検討もします。国際交流NGOピースボートがチャーターしている船の名前は「トパーズ号」でした。総トン数 31,500トンで、乗客定員は 1,478人、英国で建造され、船籍はパナマです。「にっぽん丸」の総トン数は 21,903トン。「ぱしふぃっくびいなす」は 26,518トン。「飛鳥」は 28,856トン、と四船の中では一番大きいです。新しくできた「飛鳥Ⅱ」は、48,621トンと、さらに大きいが、大きさからは、他の客船に遜色はありませんでした。

 

ー なるほど、着々と準備が整ってきましたね。

 

戸山 : 1月になると、持って行く荷物の忘れ物がないように気を配り、着々と準備を進めていきました。ストリートチルドレンへのお土産の折り紙やお手玉やキーホルダーも用意します。散歩で足を鍛え、体調は良く、歯と目も大丈夫だろう、と気を配りました。

 

ー 近づくにつれて、心配事も増していったりしましたか?

 

戸山 : そうですね。とくに夫と息子の食事を3ヵ月間どうするのか等、細々したことを考えると、頭の中というより胸の中がフル回転していました。夫と息子にできる限りの心配りをし、感謝の気持ちを伝えて出かけたいという想いがありましたから。

 

ー 胸の中がフル回転、、、それは、すごい表現ですね。

 

戸山 : 夫は出発日に、横浜港まで荷物を持って見送りに来てくれると言ってくれました。前から下宿を望んでいた息子が、良いところが見つかったと言って、出発間際に引っ越していくこととなりました。親に頼らないで自分でやってしまったことや慌しかったことへの母親としての心残りはあるけれど、自立するのだから仕方がないと考えるしかありませんでした。

 

ー そして、いよいよ出発の日ですね。

 

戸山 : 船旅に向けての掃除を、いつもより念入りにしたり、持って行くショルダーバッグの中の物を確認したり、持参する目覚まし時計と腕時計の電池を換えたりしました。日本円を使い易いようにくずし、ユニセフに少し寄付もしました。

明朝、神社へお参りをするときは、いつもと違い赤い熨斗袋に感謝と書いてお賽銭を上げることにし、夫の言うように、明朝はお赤飯を炊くことにしました。そのあとお墓参り、お彼岸の用意、家中に掃除機かけ、夫と息子へのメッセージ書き、冷蔵庫整理と、一つ一つ仕上げていきました。

 

ー なんだか、こちらまでドキドキしてきました(笑)。

  

戸山 : ついに私の乗った「トパーズ号」が横浜の大桟橋を離れていきます。大音響の心地良い音楽、乱れ飛ぶ紙テープ、そして何と多くの人々が見送りに来てくれていることだろう。「行ってきまあす」と声をそろえて言うと、「行ってらっしゃあい」と大きな声が返ってくる。ありがとう、ありがとう、私は心の中で言っている。目がうるうるしてくる。嬉しいな、ありがたいな、私は大きな喜びの中にいました。

 

ここで、そのときの気持ちを表現した俳句を2つほど披露させてください。

 

春港紙テープ舞い目が潤む

 

如月に地球を巡る船出かな

 

ありがとうございました。

 

 


最後に、いつかピースボートで世界一周をしたいと思っている人へ一言頂いた。

 

ピースボートは、とっても楽しかったので、本当におすすめです。寿命が延びます!

持ち物に関しては、売店もあるし、生活には困りませんので、安心して出発してくださいね。

 

いいご旅行を!

 

 

プロフィール


戸山 和子

1947年、山梨県生まれ。

現在は、埼玉県さいたま市在住。

公立小中学校で教師を21年間勤めた後、主婦となる。

その後、カルチャーセンターや文藝学校で学び、短編小説やエッセイを同人誌に発表している。