「キリシタン史の職人」
─少年よ、歴史をいだけ!─
茨城県在住・作家
栗村 芳實(くりむら よしみ)
昔は「国史」と言っていたわが国の歴史(ここでは日本史と呼ぼう)の中でもとりわけ興味深いのが近世史である。特に江戸時代の文化史となると、民衆史を考慮に入れなければ理解不可能なある事情があって、それというのもそこには“鎖国”という政治的策略に則った幕府と、それに対して密かに抵抗を示した民衆との間に敷かれた緊迫の時間が脈々と流れているのである。日本史における文化史的視点は、日本を理解する上で必要不可欠な要素を内包している。
栗村芳實著『隠れキリシタンと政宗』における民衆史的要素は、鎖国の時代にあって、カトリック教会と幕府との対立によって激化した土俗的な、あるいは民俗学的な大衆文化を、歴史という壮大な時間の流れの中に置き、フランシスコ・ザビエルのキリスト教布教からペリー来航までのおよそ200年間に起こった禁教令(バテレン追放令)を中心にした史実に基づき、政治史における“鎖国”の裏に隠された「隠れキリシタン」という歴史の闇に着目し、その事実を明らかにしようとした意欲作である。
しかししばし立ち止まって考えてみよう。隠れキリシタンにおける創作物とでも言ってよい子安観音や子安地蔵の土俗的・習俗的な文化もさることながら、これがのちの日本におけるキリスト教文化の原点であったということが19世紀初頭から明治初期に至る「マリア像礼讃」の文化に繋がってゆくということは、こんなことを書いたらお叱りを受けるかも知れないのだが、日本における聖母マリアって、けっこう土俗的だったのかも知れないという事実が、栗村氏の『隠れキリシタンと政宗』を読むことで理解できるということになるのだ。このことに私は、はなはだオドロクのである!
また『隠れキリシタンと政宗』という書名にあるように、伊達政宗と那珂川河川史との関連性についても言及されており、本書を読むと「日本史って、ロマンだな!」と感嘆するより他にないのである。
文/菊地 道夫
Q & A
栗村芳實(くりむら よしみ)
茨城大学名誉教授 理学博士
1930年東京都生まれ。
東京大学大学院化学研究科博士課程中退
東京大学教養学部助手
茨城大学理学部教授、理学部長
放送大学茨城学習センター所長
主要著書
専門(錯体化学、高分子錯体に関する著書・論文多数)
『いばらきの川紀行』(共著 河川環境管理財団助成事業)
『北関東川紀行1 久慈川・那珂川』(随想舎)
『北関東川紀行2 鬼怒川・小貝川・渡良瀬川』(随想舎)
『北関東東川紀行3 利根川』(随想舎)
○ プロフィールについて
―生年月日を教えてください。
栗村:1930年3月30日です。
―幼少期はどんな少年でしたか。
栗村:校初期では、きかんぼでよく上級生と喧嘩をしました。ですので、操行(当時小学校ではこういう項目が通信簿にあった)は何時も乙でした。
―ご家族との思い出の中で、印象深いものを教えてください。
栗村:父の出張によく連れて行ってもらったり、遊園地に遊びに行ったことです。
―学生時代の得意な科目、苦手な科目を教えてください。
栗村:小学校時代、数学と理科が比較的得意でしたが、唱歌は得意ではありませんでした。
―これまでどんな活動をされてきたのか教えて下さい。
栗村:大学在職中に、理学部構成員の協力を得て授業改革(学生が先生の授業評価をする制度)や新制大学理学部における博士課程の設置を、全国の国立大学の中で始めて実施しました。大学定年後は、地域の区長や祭りの実行委員長として地域活動しています。
―現在の活動について教えて下さい。
栗村:ワープロを使って執筆活動をしています。
○ 作品について
―今回出版されました電子書籍「隠れキリシタンと政宗」の概要を教えてください。
栗村:江戸初期における旧宍戸地域(笠間市の一部)や、水戸市の一 部における歴史的空白の原因を探求、隠れキリシタンの存在におよび那珂湊地域における政宗の活動について記述しました。
―なぜこのタイトルを付けたのでしょうか?
栗村:著者の推定によれば、江戸時代の上記地域の隠れキ リシタンの存在と政宗の那珂湊進出がほぼ同時に進行したことから、このタイトルをつけました。
―この本の中の作品からは、確乎たる強い意思を感じます。このような作品を創るきっかけを教えてください。
栗村:先ず、江戸初期における自宅周辺地域における歴史的、文化的空白を探求したいという著者の意志と、那珂湊への政宗の進出の意図を解明することです。
―これまで手掛けてきた作品へのこだわり、ポリシー(方針)を教えて下さい。
栗村:川紀行シリーズにおいては、川を遡って周辺地域の自然・文化・歴史などを探究するを目指し、ついで、その過程で明らかになった歴史的空白を明らかにすることを著者の著作のポリシー(方針)としました。
○ 20代、30代にフォーカスした人生論
―人生のターニングポイントを教えてください。
栗村:昭和二十年における敗戦です。この年、近所の住宅が爆撃されて、屋根を貫いて太い柱が飛んできたり、焼夷弾が畳に刺さり、とっさに、それを素手で、外へ放り出したり、わが国の飛行機がB829に体当たり、それがゆっくりと墜落するのを自分の目で見ました。そのほか筆舌に尽くしがたい体験をし、その後に敗戦を迎え、子供心に生きる意味を喪失しました。
―若者がターニングポイントを見逃さないようにするためのアドヴァイスをお願いします。
栗村:座右の銘を挙げれば、「一生勉強、一生青春 (あいだ みつを)」です。
―人生で最も影響を受けた人物や尊敬している人物を教えてください。
栗村:明治のころ板東伴虜収容所であった松江豊寿。他は何れも無名の人だが、ここには書きにくいですね。
―人生で最も影響を受けた作品(本や映画)を教えてください。
栗村:ヘルマン・ヘッセ 「車輪の下」、アンドレ・ジッド 「一 粒の麦 もし死なずば」などです。
○ 最後に人生の先輩として大志を抱く方へ、メッセージをお願いします。
栗村:若いときは何にもかえ難い宝物を持っています。それは、「自分の未来に大きな夢(志)を持つことが出来る」ということです。