「邂逅の達人」

 

県政、町政につくす知恵の泉─ 

 

茨城県在住・元茨城県職員

川田 弘二(かわた こうじ



文芸雑記: 思い出の記など:500円 税込み(電子書籍)
文芸雑記: 思い出の記など:500円 税込み(電子書籍)

「文芸雑記」の内容は多岐にわたる。だからその内容をここに列記することは困難である。

 

 それほどまでに広範囲に及ぶ内容であるということは、間違いなく著者の知識の広さと、こころの柔軟さとが関係してくるであろう。また、一見すると非常に雑然とした内容の随筆集と感じるが、しかし細部を読み込んでみると、取り上げている内容の奥深さに目を見張るものがあり、これは著者の懐の深さが見られるのである。

 

 本書は茨城県阿見町の郷土文学研究会が発行している同人誌「文芸阿見」に掲載された文章を中心に構成されている。というのも著者は、阿見町長を4期16年勤めた経歴を持ち、茨城県行政とも深く関わったことのある政治家でもある。また、これまでに短歌を3000首ほど作り、学生時代には「農業工学」という最先端の科学技術を学び、山形大学に勤務した経歴をも持つという、非常に多彩で知的な人物である。

 

 さて、本書の内容に移ろう。本書『文芸雑記』はエッセイ集である。しかし前にも書いたように、取り上げている内容は非常に深いもので、例えば、中国の作家魯迅とか、ロシアの劇作家であり短編小説家でもある作家チェーホフとかいった名前が平然と現れるのである。著者はどうやらチェーホフを尊敬しているので、こちらを少しく採り上げてみよう。

 

 チェーホフはロシアの劇作家であり、また短編小説家である。ロシア文壇ではドストエフスキーやトルストイに比べてみると、かなり異質な存在で、ソ連時代には「紳士チェーホフ」と称され政治的な色が添えられていたようである。私が「文芸雑記」を読んだ限りにおいて、このチェーホフを描いた文章がとてもユニークで光っていたように感じた。著者のチェーホフへの愛情を感じる素晴らしい文章であり、非常に微笑ましいのだ。

 

 ……あとは本書「文芸雑記」をぜひ読んでみてほしい。色とりどりに咲いた花火を観るかのような心持ちになってくるはずだから。

 

 

文/菊地 道夫

 


Q & A


川田 弘二(かわたこうじ)

1935年(昭和10年)5月19日生まれ。

土浦一高を経て東京都立上野高校、東京大学農学部農業工学科卒。

茨城県に約32年在職。この間、農地部長、企業局長を歴任。

1994年(平成6年)阿見町長に就任し、4期16年勤める。

2010年(平成22年)退任。この間、茨城県町村会長、全国町村会副会長を務める。

 

 

○ プロフィールについて

 

―生年月日を教えてください。

 

川田:1935年(昭和10年)5月19日です。あと2ヶ月足らずで82歳になります。

 

―幼少期はどんな少年でしたか。

 

川田:私が5歳の時に母が病死し厳しい条件下でしたが、なかなか元気にしていました。大人しそうな顔をしていて実際はきかん坊で、学校へ上がる前から本なども読んでいた。読書少年でもありました。

 

―ご家族との思い出の中で、印象深いものを教えてください。

 

川田:優しかった母が亡くなるまえ、病院へ行ったときに見せてくれた笑顔です。母なしに育ち、共に励まし合いつつ育った3歳違いの兄がいました。兄は地域活動などにも取り組んでいたのですが、その兄が29歳の時、当時はあまりなかった交通事故で亡くなったときの悲しさなどは忘れられません。

 

―学生時代の得意な科目、苦手な科目を教えてください。

 

川田:特に科目についての得意、不得意はなかったと思います。大まかに言えば理系より文系の方が好きだったでしょうか。

 

―学生時代は何を学ばれていましたか。また、現在の活動に生かされていますか。

 

川田:私は農業の近代化に資することを意識して農業工学を専攻し、農業水利、農地整備、農村環境整備などについて学びました。このほか、社会科学、歴史、文学などについても学んだと思います。これらのことは、その後の生活の中で生かされているはずです。

 

―どんなお仕事をされてきたのか教えてください。

 

川田:最初は山形大学に勤務し研究者の道を歩み始めましたが、状況の変化があり茨城県に勤務し農地行政に携わりました。関係3課の課長、農地部長などを歴任し、32年間を過ごしました。その後、阿見町長を4期16年勤め、地域の発展のため努力しました。

 

―執筆活動以外にされている活動があれば教えてください。

 

川田:特に執筆活動というほどのことはしていませんが、町長退任後も在任時の関係で国際交流協会の顧問をして、アメリカのスーペリア市・中国の柳州市などの交流に関わっています。また、最近の政治情勢の中で、阿見町九条の会の代表、野党共闘を実現するための“市民連合”の茨城県組織の共同代表、“茨城県衆議院第3区市民連合”の共同代表として老骨に鞭打っています。

 


 

○ 作品について

 

―今までに何冊の本を出版していますか。

 

川田:今まで出版という形で本を出したのは7冊です。その内訳は、阿見町政に関わることを主体に書いた「町長室の窓から」4冊(1巻~4巻)、この1巻~3巻を集約して出したもの1冊、県勤務の頃のことをまとめたもの1冊、その他、阿見町内の同人誌に書いたものをまとめた1冊です。

 

―執筆以外に、例えば絵、書道、俳句や短歌といったジャンルも得意だったりしますか。

 

川田:得意というわけではありませんが、老人の手習いとして77歳になって始めた短歌については関心があります。但し、私の短歌への関心は、短歌が人生の各場面を記録する手段として非常に有効だからです。77歳から始めて、文章代わりの歌をすでに3000首ほど作っています。

 

―川田先生といえば阿見町の町長時代に書かれたものが中心かと思いますが、「文芸雑記」はその中でも異質な部類です。書こうと思ったきっかけを教えてください。

 

川田:「文芸雑記」という形で本にしましたが、もともと本にしようなどと思って書いたものではありません。阿見町にある郷土文学研究会が「文芸阿見」という同人誌を平成7年から20年以上にわたって出しています。私が阿見町長になったのが平成6年。同会への加入を勧められ、平成13年(第6号)から同誌への投稿を始めました。それ以来、毎年1~2の作品を同誌へ出し続けています。このように私の作品は、「文芸阿見」という発表の場があって、私が書き続けられた結果なのです。

 

―次回作のご予定はありますか。

 

川田:私はもう少しで82歳。これから次の作品などは考えていません。ただこれからも何回か「文芸阿見」へ旅の記録などを投稿することはあるかと思います。しかし、これは今まで書いたものと同じで、日記に記録したことの延長に過ぎないのです。

 

―ご自身の作品のこだわりと、ポリシーを教えてください。

 

川田:自分の文章は町民の皆さんに読んでいただくエッセイ風コラムとして書くことが多かったので、取り上げたことについては事実としては正確に、また自分の気持ちについては素直に表現するように心がけたつもりです。

 

―今後、チャレンジしたいことは何かありますか。

 

川田:チャレンジというほどのことではありませんが、これまで私が非常に忙しい日常生活の中で記録してきたことども――購書と読書の記録(その10年分は「文芸阿見」に「購書・読書月録」として寄稿)、40回に及ぶ外国旅行と専門の農地行政関係の国内の旅の記録(その都度、原稿化済み)を80歳の手習いで身につけたパソコンを利用して印刷し、記録として残すことです。このことは既に着々と実行に移しています。

 


 

○ 20代、30代にフォーカスした人生論

 

―人生のターニングポイントを教えてください。

 

川田:この問題についての一般論は私の手に余ります。私の場合、2つのターニングポイントがありましたが、どちらも外的要因によるもので人に教えるようなものではありません。その1に、兄の事故死で、大学勤務から郷里茨城での行政職に転換したこと。その2に、郷里、阿見町で町長が急逝したことにより、周囲の強い要請を受け、県退職後一ヶ月足らずの選挙戦を経て、町長へと転身したことです。

 

―若者がターニングポイントを見逃さないようにするためのアドヴァイスをお願いします。

 

川田:私に適切なアドヴァイスは出来ません。

 

―人生の教訓を教えてください。

 

川田:「継続は力なり」――つまり為すべきだと思ったことは、着実にやり続けるということ。参考までに言いますと、私が中断することなくやり続けた事柄は、

 

① 健康維持のため23年間(町長就任以来)家内と共に毎朝続けているテレビ体操。

② 50年以上、一日も休まず書き続けている日記。

③ 4期16年の間、4回だけの休載で毎日続けた広報紙へのコラムの執筆。

 

などです。

また、必要な気分転換を適切にすること、時には不要・不急の読書をしたり、気ままな旅をしたりするということです。

 

―若者に教えておきたいこと、大切なことを教えてください。

 

川田:最近は全く、あるいは殆ど本を読まない人が多くなったようです。しかし、本を読む楽しさ、大切さを知ることは人生の重大事です。そして、そのことを知るためには、自分で努力して良い本に出合うしかありません。特に、日本の歴史、世界の歴史をしっかり理解することが重要です。

 

―人生で最も影響を受けた人物や、尊敬している人物を教えてください。

 

川田:影響を受けた人は、大学時代の恩師「新沢嘉芽統先生」。河川水利、土地問題の権威です。尊敬する人物は、チェーホフ、魯迅、夏目漱石です。

 

―人生で最も影響を受けた作品(本や映画)を教えてください。

 

川田:選択することに困難を覚えます。

 


 

○ 最後に人生の先輩として大志を抱く方へ、メッセージをお願いします。

 

川田:今、日本の若者たちがどのような大志を抱いているのか見当もつきません。ただ、私としては、現在の日本の状況の中で多くの若者たちが先の大戦の悲惨な歴史と、戦後70年の平和を維持してきた歴史に学び、平和憲法を守っていくための努力を重ねること。そして、自分たちが未来に向かって明るい展望を開いていけるような政治の実現に向けて力を合わせていくことを、心から期待します。