「生まれを問うな、行為を問え」 

 

─ブッダの教えは今の時代にどう語りかけているのか─ 

 

インタヴュー :

黒坂 和雄 (人間ブッダ研究会 代表)

 

「生まれを問うな、行為を問え」

「思いわずらうな。 なるようにしかならんから、今をせつに生きよ」

「沈黙している者も非難され、多く語る者も非難され、少し語る者も非難される。つまり、世に非難されない者はいないのである。」

「もし、清らかな心で生きている人がいたとしたら幸福はその人の後に、かならずついていく事でしょう。」

「思慮のある人は、奮い立ち、努めはげみ自制・克己によって、激流も押し流す事が出来ない島を作りなさい」

「善をなすのを急ぎなさい。善をなすのにのろのろしていたら、心は悪を楽しむようになります」

「水が一滴ずつでも滴り落ちるならば、水瓶でも満たすことが出来るのである」

「他人の過失を見る必要はありません。他人のした事と、しなかった事を見るのではなく自分がした事と、しなかった事だけを見るようにしなさい」

「自分で自分を、励ましてあげなさい」

「まず、自分を正しく整えてから他人に指摘しなさい。そして、他人に指摘したことは、自分も実行しなければなりません」

「わたしは愚かである」と認められる者こそ、賢者である。逆に「自分は賢者である」と思っている者こそ、愚者と呼ぶにふさわしい」

 

これらは、すべて仏陀(釈迦)の言葉である。

 

そう、仏陀(ブッダ)の教えは今の時代にどう語りかけているのでしょうか?

 


Fighting of Buddha(ブッダの闘い:英訳版)

Kazuo Kurosaka (著)

 

“One of the things Gautama Buddha (Shakuson) had realized is probably that everything is existed inside of the law of Cause-and-effect …… existed on certain conditions. He after became into Buddha (awakened person), What he had continued fighting ……”The priest in the hall said so and fell silent. It was like he asked the people in the hall about the meaning of “Fighting of Buddha”. However, nobody responded to him. 

ブッダの闘い

黒坂和雄 (著)

 

職場で、地域社会で、あるいは家庭で、人は辱められ、誇りを傷付けられて苦しむ。そういった中で心の安らぎを得たいと願う者の中には、宗教に救いを求めることもある。

『スッタニパータ』の中では、発展する以前の簡単素朴な、最初期の仏教が示されている。ブッダは単純で素直な形で、人としての歩む道を説いたのである。しかし現代の仏教では、ブッダの教えとはかけ離れた方向へ進んでしまった。

  


インタヴュー : 黒坂 和雄 (人間ブッダ研究会 代表)


黒坂 和雄

長野県に生まれる。高校卒業後、長野県職員となる。ブッダの研究を開始する。仏教四大聖地巡りツアー、釈尊七大仏跡巡礼の旅に参加し、人間ブッダ研究会を設立。2012年、小説「ブッダの闘い」で作家デビュー。徐々に広まっていく。2015年、「ブッダの闘い」が現代日本文芸作家大賞、ミラノ国際文学大賞を受賞。さらに反響を呼び、2016年、イタリア最高文学勲章、国際文学貢献作家大賞を受賞。現在は、人間ブッダ研究会を中心に活動している。

 

人間ブッダ研究会 URL : https://www.humanbuddha.com/

インタヴュー :海野 有見

写真&テキスト:向田 翔一

 

これは、長期にわたりブッダを研究してきた黒坂 和雄氏の熱き訴えである。


 

黒坂和雄(以下、黒坂):よろしくお願い致します。

 

姿勢が良く、恥ずかしそうにはにかんだ笑顔が印象的な素敵な人だ。

 

— 本日はよろしくお願い致します。

 

ご自宅のリビングへ向かうと本棚にビッシリと並ぶ参考書が目に飛び込む。

 

ー まずこのインタビューをご覧 の方々に是非伝えたいことがあるのではないかと思いますがいかがでしょうか。

 

黒坂:そうですね。早速よろしいですか。

 

ー あ、はい。お願い致します。

 

黒坂:仏教と聞くと、何かこう、暗いとか難しい、あまり関わりがない、興味がないなどと感じる方が多いのではないかと思っています。いかがでしょうか。

 

ー うーん、非常に答えづらいです、、、

 

黒坂:これはね、別にあなたのせいでもなければ、誰のせいでもないのです。

 

ー といいますと?

 

黒坂:そのようなイメージを作り上げてしまった日本の風土が問題なのです。

 

ー はい。

 

黒坂:多くの人が現代の仏教に関わるときというと何があげられるでしょうか?

 

ー 葬式や法事、、、あとは、厄除け、初詣、、、京都などの観光もそうでしょうか。

 

黒坂:その通りです。仏教が日本に入ったのは、古来から有力な説として552年と538年の2説あることが知られており、現在では 538 年が有力とされています。

 

ー へー、1,500年ぐらい前なんですか。知りませんでした。

 

黒坂 : さらに仏教の内容は、サンスクリット語に堪能であるか、解説書を読んだ人でないと意味もわかりませんよね。でもね、仏教というのは、人間の生き方を教える前向きなものであって、決してお葬式や法事や参拝、観光のためではないのです。

 

ー たしかにおっしゃる通りです。反省してきました。

 

黒坂 : 今の日本の仏教は、ブッダの教えとはかけはなれた方向へ進んでしまったと感じています。では、仏陀(ブッダ)の教えは今の時代にどう語りかけているのでしょうか?こういう言葉があります。

 

「どのような友をつくろうとも、どのような人とつき合おうとも、やがて人はそのような人になる。人とともにつき合うというのは、そのようなことなのである」

 

ー それは、またすごい言葉ですね。

 

黒坂:はい。職場での人間関係に悩み、家庭で親子・夫婦関係に苦しみ、また恋に迷う、全ての人にブッダの真の姿をしってほしいと思います。

スッタニパータとは


 

黒坂:職場で、地域社会で、あるいは家庭など、さまざまな場所で人は辱められ、誇りを傷付けられて苦しむものです。

 

ー はい。全ての人が、一度は必ず人間関係で悩まれていると思いますね。

 

黒坂 : はい。そういった中で心の安らぎを得たいと願うのは当然の流れだと思います。願う者の中には、宗教に救いを求めることもあるでしょう。「スッタニパータ」の中では、発展する以前の簡単素朴な、最初期の仏教が示されています。

 

ー スッタニパータ?

 

黒坂 : 「スッタニパータ」は、セイロン(スリランカ)に伝えられた、いわゆる南伝仏教のパーリ語経典の小部に収録された経典のことです。「スッタ」はパーリ語で「経」の意、「ニパータ」は「集まり」の意、あわせて『経集』の意となり、「南伝大蔵経」のようなパーリ語経典日本語訳の漢訳題名でも、この名が採用されています。

 

ー なんとなくわかりました(笑)。あとで詳しく調べてみます。

 

黒坂 : 是非、そうしてみてください。何よりも自身の手で調べることで理解が深まりますから。

 

ー はい。ありがとうございます。

ブッダの闘いを知ること


 

黒坂 : ブッダは単純かつ素直な形で、人としての歩む道を説いたのです。そして、悟りを開いた後も闘い続けました。そのブッダの闘いを知ることこそ、自らの苦しみから自由になる唯一の方法なのですね。その自身が体験した思いを「ブッダの闘い」の主人公中田に変えて、真実の道を目指して歩み始める物語にしました。この本を通して、主人公の中田同様に救われてくれればよいのかなという思いを込めて書きました。

 

ー そうだったんですね。それがジワジワと広がっていき、受賞につながっていったわけですね。

 

黒坂:そうですね。予想外の反応で正直信じられなかったですが、少しでも、この本によって救われた人がいると思うと、とても嬉しいです。

 

ー はい。私もこの作品で黒坂先生を知りましたし、そういう方も多いと思います。

 

黒坂:はい。ありがとうございます。世の中には、不条理なことも多々あるが、問題点を明確にし、様々な困難に立ち向かい解決していくためにも、知恵と力で前に進んでいきましょう。

 

ー はい。がんばります。本日は、ありがとうございました。

最後に一言頂いた。


ゴータマ・ブッダとはどのような人であったのか、どのようなことを説いたのか、を最古の仏教文献『スッタニパータ』は鮮明に伝えています。仏教の源流をここから学ぶ研究会を運営しております。

 

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