ブラジル物語

(著) 坂根修

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作品詳細

移民船 - 彼女は二段ベッドの上で、むっくりと身体を起した。その眼はうつろで視線が定まらずなにかに憑かれているようだった。足でサンダルをまさぐり、それをひっかけて船室のドアを身体で押し開けるようにして出ていった。
船室は六畳間ほどの広さで、その鉄製の壁には腰の高さのいたる所に手すりが取り付けられている。
天井は低く窓には丸く厚いガラスが埋め込まれており、時おり波しぶきが打ち当る。二段ベッドが二組セットされており、それをはさんだ中央に、小さな机が置かれていた。
向かいの二段ベッドの船客である春日夫婦は山梨県の出身で、ご主人はブラジルで自動車の整備 工場を経営している。今回は花嫁さんを連れてブラジルに帰る途中である。
彼等は食事に出ていた。船側の配慮によって、食事は常に一室の二組の夫婦の一組ずつと決められていた。プライバシーの守れない移民船の中で、貴重な三十分の時間帯である。
私は二段ベッドの上から彼女の一部始終を見ていて背筋の寒くなる思いがした。その様子はたしかに異常であり恐怖すら感じた。私は慌てて彼女のあとを追った。あとをつけられていること などまったく関心を示さず、船倉一階から二階への階段を、さらに三階への階段と、手すりに身を預けながら追い越す人もすれ違う人にも無表情に歩きつづけた。それは夢遊病者のようであった。

著者プロフィールーーーーー
坂根 修(さかね おさむ)
1944年東京生まれ。 
1962年都立農芸高校卒。 
東京農業大学在学中に南米ブラジルに渡る。
10年後に帰国、2年ほどサラリーマン生活のあと、埼玉県寄居町で営農の傍ら「皆農塾」を開く。
1989年皆農塾分室を愛媛県肱川町(現大洲市)に開設。 

著書
『都市生活者のための ほどほどに食っていける百姓入門』(1985年、十月社)
『痛快、気ばらし世直し百姓の塾』(1987年、清水弘文堂発行)。
『脱サラ百姓のための過疎地入門』(1990年、清水弘文堂発行)。
『ベーシック・インカム(国民配当)投票に行ってお金をもらう構想』(2016年、文芸社)。
『日本の進むべき道 ベーシック・インカム』(2016年、文芸社)。
『明日のための疎開論』(2017年、文芸社)。

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