創造の源泉: 古代から近代へ

(著) 村井忠司

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作品詳細

偉大な創造者たちの生き方・考え方から、その奥に秘められたる ‘創造の叡知’ を学びとり、それを己がものとして、これからのあなたの創作活動に生かそう!
先人の叡知を生かしてこそ、「今」の自分が生きて来ます。そこに「新しい自分」との出会いがあり、そこからクリエイティブで驚くべき新世界が開けて来るのです。
少し学んでみて、もうちょっと賢く生きてみよう。そして自分がほんとうに創りたいものを創って、かけがえのない自分(の人生)を愉しく充実したものにしよう!

●本書は、日本の近現代史の中から著しく「創造的」と思われる人物を、学問・芸術・政治・経済・社会・宗教・芸能などジャンルを問わず二百人以上採り上げ、その一人ひとりについて “創造力(創造性)の源泉” なるものを探ろうと試み、その何らかの成果とおぼしき要点を出来るだけ ‘わかりやすく簡明に’ 伝えようとした本です。「如何にして ‘創造’ がなされたか」を、具体的な生活法や生き方、その時々に語られた言葉やその考え方を通して、言わば「創造以前」にまで迫ろうとしたのです。そこまで遡ってこそ、私たちとも深く通じ合うものが見いだせると考えたからです。
偉人たちの秘められた逸話ほど私たちにとっておもしろいものはなく、先達がふと漏らしたさりげない至言ほど私たち創作にやく立つものはない、と言います。本書は、それを簡明に伝えるべく独自の記述法(「断片」的構成)を採りながら、そのエッセンスを具体的でわかりやすい形に纏め上げたものなのです。

本篇で採り上げた人物は、総勢二百人以上に及びますが、以下に、その一部を紹介しておきます。

北村透谷、横山大観、西田幾多郎、鈴木大拙、柳田國男、野口英世、島崎藤村、樋口一葉、与謝野晶子、吉田茂、斎藤茂吉、高村光太郎、北大路魯山人、山本五十六、志賀直哉、石川啄木、谷崎潤一郎、平塚らいてう、折口信夫、和辻哲郎、古今亭志ん生、芥川龍之介、松下幸之助、宮沢賢治、安岡正篤、川端康成、三好達治、中谷宇吉郎、杉浦千畝、岡潔、小林秀雄、白洲次郎、金子みすゞ、棟方志功、伊東静雄、湯川秀樹、本田宗一郎、太宰治、松本清張、黒澤明、白河静、糸川英夫、岡本太郎、神谷美恵子、木下順二、いわさきちひろ、竹内均、山下清、司馬遼太郎、三島由紀夫、安部公房、植村直己、手塚治虫・・・

●附論の「葦牙(あしかび) の如く」は、本篇を通じて著者が紡ぎ出した日本(人)論です。本篇とは打って変わって一見極めて難解なのですが、その実、火が点かんばかりに濃厚芳醇な酒で満たされた樽のように、一つの主題のもとに強靭かつ深遠な思索が縦横に繰り広げられ、深く息づいています。日本人のものの見方考え方の起源を無意識の層まで遡り、そこに見える人間の未来における新たな(創造的)可能性をせつせつと語りかけているのです。著者が敢えて選びとった「断想」という叙述形式で綴られており、どの章も一つひとつ独立しているのですが、論理化(言語化)し難いものを論理化(言語化)しようとするかのような透徹した論理(知性)が全三三三章に渡って貫かれています。
以下、この哲学的断想「葦牙の如く」における構成の概略と、紙本の帯に記されている「葦牙の如く」からの言葉を紹介しておきます。
<「葦牙の如く」の構成概略>

一 ~ 二八        ‘自己を問う’ とは?
二九 ~ 四四       混沌(カオス)と起源(オリジン)
四五 ~ 六六       (奇蹟的に)恵まれた日本の自然
六七 ~ 八〇       変化と多様性と ‘刺激’ に満ちた自然性
八一 ~ 九四       日本人の隠れた ‘自然な努力(観)’
九五 ~ 一一一      日本(人)が「日本を創る」(自らと自ずから)
一一二 ~ 一二二     日本人の(不思議な)創造性 <自然な創造性>
一二三 ~ 一三五     「創造性」とは何か? <創造力と生命力>
一三六 ~ 一四二     (知られざる)日本独自な思想 <自然人と創造人>
一四三 ~ 一六〇     (メタ)ロゴスと無 (そして創造的「未」)
一六一 ~ 一七五     哲学思想の諸問題(パトスと非哲学)
一七六 ~ 一八八     「自己」(そして「自分」)とは…
一八九 ~ 二〇〇     生命について(生死を超えて生きる)
二〇一 ~ 二一九     日本の美(日本人の美意識)
二二〇 ~ 二三五     美と芸術(実と虚と「真」と)
二三六 ~ 二四六     日本人の言葉(非言語と超言語)
二四七 ~ 二五六     (類稀なる)歴史と(独特な)文化
二五七 ~ 二七四     自己との戦いと ‘自己創造’ (「和」)
二七五 ~ 二九三     日本人にとっての 「カミ」 と宗教(性)
二九四 ~ 三一四     宇宙的な眼とこころ <無から無への創造>
三一五 ~ 三二三     幸福(観)について (幸と不幸の意識)
三二四 ~ 三三三     愛、そして未来

*「創造する」こと自体が ‘自分への問い’ であり、自己創造なのである。
(創造して初めてほんとうの自分がわかる。「自分が生きてくる」)
*自然に ‘己が自然’ を超えること、それが「自然を生きる」ということ。
( ‘自然なる創造’ とは、究極的に己が「自然の創造」のことである)    
*真理を超えたものが真理以前にある。「真」は生きており常に変化している。
(本来は未来、即ち「無」にある。「未」は ‘生きた無’ の思想である)
*生は只「生」をのみ本来目的としている。自己目的とは無目的に他ならない。
(生の目的、或いは価値は、創造されるものであり、そこに喜びが生まれる)
*不運不幸こそ逆境こそ喜ばしき試練であり、かけがえのない ‘創造の機’ である。
(我らが心の創造の女神は “愛” をもって、逆境を苦難を、そして死を賜う)
*宇宙が ‘無から無への創造’ である如く、我々は死ぬ故に生き、生きるが故に死ぬ。
(縄文の心が、自然なる ‘和の心’ を育み、清明直心 ‘日本的誠実さ’ を生んだ)
*「美」或いは感動は人を自然にし、美意識は自然以上に自然であろうとするにある。
(「生」の喜び幸せは人を愕かし、笑いを愛を、そして ‘創造心’ を開眼せしめる)
*日本人にとって自然は カミ であり、日本人は常にその自然を心の裡に深く秘めている。
(新たなる日本人は ‘太陽を心に’ 愛しく自然に明るい。「知られざる神を求めて」)
<「葦牙の如く」より>

●「葦牙の如く」の結びに代えた「むすひ」(全八連八三節の長篇思想詩)は、『創造の源泉』全体の結びとも成っています。日本を、一輪の可憐な(哀しくも明るい)花に喩えつつ、春夏秋冬に配された各連は、寄せては返す波のように五行七行が幾度となく繰り返され、最期に初日の出(絶唱)を迎えます。

※ 本書は 『創造の源泉 葦牙の如く』 (2014年、桂書房)の下巻を、電子書籍版として簡約・編集したものです。(ちなみに、副題となっている「葦牙(あしかび)の如く」は 『古事記』 上つ巻の冒頭近くに見える表現で ‘植物の新芽が萌え上がろうとする’ さまを表した言葉です。)

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