等深線上の詩人たちーー岐阜詩人ノート2:和仁市太郎から堀正幸まで

(著) 藤吉秀彦

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[商品について]

―ときに静かに、ときに激しく言葉が共鳴したとき、そこに詩の世界が現れる―

戦争という惨禍を経て社会が大きく変わった激動の戦後に、詩という表現で人間の生を問いかけ続けた岐阜の詩人たち。岐阜という風土の息吹を吸いあげ、多面的な詩活動を展開した彼らの歩みを、いまその作品へのささやかな詩ノートという形でふり返る。第2巻では、飛騨の地で詩を通して生きる安堵をもたらそうとした「山脈詩派」和仁市太郎から、無垢な言葉の中に人間的存在としての価値への問い掛けを秘めた堀正幸まで、12人の詩人を取り上げる。


[目次]

和仁市太郎ノート・詩集『禁猟区にて』を通して 飛騨〈山脈詩派〉からの叫歌

堀滋美ノート・詩集『飛騨山峡の詩』を通して 傷心の極点を放浪するいのちの美学

鵜飼選吉ノート・詩集『空のくらげ』などを通して 虚妄の背離に挑む叛念の喜劇

渡辺力ノート・詩集『源流へ』などを通して 辺境に行旅する詩心の方位

長江鑛一ノート・詩集『消灯ラッパ』を通して 忘却の彼方に萌芽する慟哭

藤村幸親ノート・詩集『せみ』を通して 生の輪廻への憧憬の極点

平石三千夫ノート・詩集『傾きかけた午後の日差し』などを通して 背信への方位と回帰からの慟哭

松下のりをノート・詩集『松下のりを詩集』を通して 無垢な希望の視座の彼方に

西村宏一ノート・詩集『薄明の邦』を通して 拡散する事象への視点を求めて

篠田康彦ノート・詩集『炎と泥』などを通して 回游する青春の氾濫

一 日常からの幻視への直視

二 曲折する条理への突出を求めて

佐竹重生ノート・詩集『蓮の花開くときに』を通して いのちの再生に根ざす風土への詩心

堀正幸ノート・詩集『ブリキ屋の歌』『堀正幸詩集』を通して 実在の一刻の確認を求めて

『岐阜県現代詩集』ノート 昭和の終焉からの詩的方位

あとがき 極私の風土からの奔念の方位

著者略歴


[担当からのコメント]

生活者でもある詩人が生きる日常は、彼らの詩作に果たしてどのような言葉をもたらしたのでしょうか。対置するもののない「詩」という言葉でしか表現することのできない「何か」を私たちは夢を喰らうバクのように貪ることしかできないとしても、ここにある詩人たちの言葉は、やがて私たちの血肉となって新たな言葉として表出される、そんな力を感じさせます。ぜひご一読ください。


[著者略歴]

藤吉 秀彦(ふじよし ひでひこ)


昭和九年(一九三四) 岐阜市に生まれる


ふるさと文化フォーラム主宰

詩誌『無宿』主宰


著書

詩集『にっぽん子守歌』(あんかるわ叢書)/『ゆけ飢餓あぶり街染めて』(あんかるわ叢書)/『やさぐれ』(風淋堂)/『ちまたにうたの降る日々に』(洛西書院)/『さらば柳ヶ瀬』(マナサロワール社)/『山頭火』(砂子屋書房)/『藤吉秀彦詩集』(砂子屋書房)/『寺山修司』(砂子屋書房)/『幻界ゆすり哀号まみれて』(鯨書房)/『風土に根ざした奔念のエコー』等がある

平成十年~二十一年

岐阜の風土に根ざした「ふるさと手づくり歌づくり 藤吉秀彦作品集」を岐阜放送で四回放映

平成十六年~二十二年

岐阜の風土やそこに生きる人々をとらえ、写真・絵と詩をコラボレーションし、人間の情念を表現した作品展「詩のある風景」をのべ十四回開く

平成二十一年  岐阜市ふるさと文化賞受賞

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