駿河台の空は暗かった

神原 崙(著)

発売日:2015年6月29日

カテゴリー:

小説

戦争

自伝


 戦争体験というものを全くしたことのない私が神原崙さんの小説を拝読させていただいて恐縮したこととは、私のような、戦争という生々しい現実を知らない世代にも、恰も肉薄するかの如き様相で事の次第を描き出す神原さんの心意気に感服するとともに、あの時代、即ち生と死とが密接に関係し合っていた時代の思想、ないしは哲学といったもの(例えばデカルト、カント、ショーペンハウアー(いわゆるデカンショ)の観念的な考察とは裏腹に、実際に「死」が、あらゆる角度から押し迫っていた時代における理知というか、気概というか、そういったものが若者を特攻隊へと駆り立てたということに、全くもって驚かざるを得ないのである。

 

 哲学的に、あるいはまた倫理学的に事の次第を描写するということを通り越して構成された物語が本書『駿河台の空は暗かった』であることは、戦争体験をしていない世代にも必ずや共感される事実としての歴史であることは、もう間違いはなさそうだ。

 

 即ち、「死」はいやが上にも「生」に対してアウフヘーベン(止揚)されねばならない概念であり、そのことをもっと平易に述べれば「死」を超越せねばならないのであり、これが「神風特攻隊」の理念であったことは周知の如くであって、もうそうなると「言葉」というものが神の次元から降ってくるほどでなければ説明不可能なるは道理である。

 

 しばしお付き合いいただいたこのような哲学的考察にはしかし、どうしても観念的様相が見られるのであり、否、神原崙さんの神的次元はこれで確実なものとなったかのようでもある。

 

 物語とは結局、事実に基づく歴史であり、これなくしては成立し得ないある現実だということに、『駿河台の空は暗かった』を読む読者ははたと気付くことは間違いない。それと共に神原さんを本書執筆に駆り立てた、何か大いなるものへの観照に想い馳せざるを得ないのである。


創造の方程式:特攻隊志願者から戦争を聞く

親を大切にできない日本は、全然平和じゃない

神原 崙(作家)

 

2016.06.29


コメント: 3
  • #3

    りょうすけ (火曜日, 12 12月 2017 12:39)

    私の曽祖父は故郷秋田から支那事変で中国へ出征し、西安で亡くなった。享年25歳。職業軍人で陸軍中尉だったという。曽祖父には6人の弟がいたが、全員が戦死している。未来ある若者がどのような心境で戦場に向かったのだろうか。きっとそれぞれに信念や覚悟があったのだと思う。
    美樹さんは、戦争に勝利することによって真実を悟り得ると信じて志願兵となった。私はその真っ直ぐな信念を美しいものだと感じた。作中で戦争が善か罪悪か、という問いに触れられているが、多くの兵士にとってそんなことは関係がなかったはずだ。すでに祖国が戦争の真っ只中にあり、愛する町や家族、大切な人が危険にさらされている。それを守ろうとする自然な行動が、結果的に兵士としての運命を辿らせたというだけのことだ。大切なものを守るためひたさら死に向かっていく若者が、その死を肯定する、受け入れるためにもがき苦しむ。その苦闘の結実が、信念や覚悟なのだ。それは悲痛であり、同時に美しい。戦争の善悪は指導者が責めを負うものであり、兵士個人の美しさは、国や文化を超えて語り継がれるべきものだと感じた。
    美樹さんが兵士として旅立つ前日、駿河台の空は暗かった。私の曽祖父が見上げた秋田の空は暗かったのだろうか。私には見ることのできない暗さが、きっとそこにはあったのだと思う。

  • #2

    YY (水曜日, 06 12月 2017 12:34)

    誰でも自分の道を見失うことがある。その原因が外部要因だったり、内部要因だったりする。社会の中で自分の立ち居場所を見つけるのは容易なことではない。現代、人は情報や目先の利益に流されて主体的な生き方すらできていないと痛感した。

  • #1

    三郎 (水曜日, 06 12月 2017 11:32)

    タイトルから予備校生の暗い青春譜かと思った。『神ってる』が流行語になる平和で能天気の時代、死神すらリストラされかねない長寿国――そんな時代だからこそ神隠しのように消えた若者達、自由の女神に見放された人達のことをもっと考えたい。バットではなく特攻機の操縦桿を握る手にこそ神の手を感じさせる作品だ。