終戦秘話:失われた時間に生きて

日高 昭男(著)

発売日:2015年11月10日


終戦後に大流行した並木路子の「リンゴの唄」が耳元に流れてくる。あの心地よい響きが、戦後の暗い世の中を一挙に明るくしたことは間違いない。そう、確かに日高さんの言うように、まさに戦争とは「失われてしまった時間」なのである。よく「時が止まった」とか「月日の経つのは早いもので……」などと人は言う。しかしそういう慣用句では説明不可能な、ある種の緊迫した状況の中で行われているのが戦争というものである。日高さんの著書『失われた時間に生きて』という題名には、本当に苦しかったあの体験が凝縮されて表現されている。

 

 しかし日高さんには“歌”があった。そう、「リンゴの唄」という一世を風靡したあの名曲の記憶が存在した。だからこそこころの中は夢や希望を保持出来たのである。こういう背景がこの本にはある。

 

 

 そのような観点から『失われた時間に生きて』を読むと、意外なことが分かってくる。即ち、ノンフィックション・エッセイ集としての素地は見事に備わっているが、それだけではなくて、なにかこう、人生を闊歩する揺るぎない精神を、一見すると何気なく書いているように思える文章の中から感じ取ることが出来るのだ。つまりそれは、日高さんの絶え間ない“愛”であり、また“優しさ”なのだし、また、これらの要素が相俟って、自然体の文章が、まるで心地よい音楽を奏でるかのように身近に存在しているのである。これは並大抵の精神力ではないと思う。

 

 要するにこうだ。日高さんの感覚には確固たる「軸」が備わっており、その根幹には“優しさ”という貴重なメロディーが流れているということである。これは考えてみれば素晴らしいことで、音楽的感覚と文学的感覚との共鳴とすら言えるのではないかと思える。

 

 いやはや、実に恐れ入ったとは、このことである!


コメント: 6
  • #6

    チキチキバンバン (木曜日, 04 1月 2018 10:14)

    あとがきの「多くの人を殺した方が勝ち」は、戦争というものを端的に著していて、はっとさせられた。いつの世も、戦争を始めた指導者達より、それに巻き込まれる市井の人々が、一番酷い目に遭うのだと改めて痛感した。また、入浴中の母と妹がソ連兵から難を逃れた場面や、作者が知り得ぬ生き別れた同行者の安否など、ほんの些細な事が暴力や生死の運命を分けるのだと恐くなった。
     他でも、終戦直後の引き上げ体験が題材の小説やドラマを目にした事はあるが、この著作では全体を通して使われているリズミカルな縦読み掛詞がアクセントになって、作者の心情をよく伝えていて面白かった。

  • #5

    かおりん (土曜日, 30 12月 2017 13:35)

    失われた時間は、幸運にも命を繋ぐことがができた時間…というにはあまりにも軽はずみだろう。著者は死と隣り合わせながら、いくつもの奇跡が重なり命を繋ぎとめ日本に帰った。しかし、記憶は掌、足の裏に刻まれているのだ。言葉にならない恐怖や悔しさや憤りを。人類はこんなにも多くの負の遺産を残しているのに、なぜ未だ戦争は無くならないのだろう。諦めず声をあげていこう。言葉の力を信じている。

  • #4

    ゆき (土曜日, 30 12月 2017 13:34)

    第二次世界大戦で戦争はいけないということは小学校の時から何度も学んでいる。でも、終戦後の人々の生活や海外で生活していた日本人のことを私はよく知らない。挑戦で食べ物がない中、ソ連軍を恐れながら過ごした人々、二週間も歩き続けた人々、家族と連絡が取れずやっとの事で会えた時の喜び。今の平和な日本に生きる私にはどれも感じることのできないものだ。どうして私の祖父母世代の人たちは強いんだろう。どうしてそんなに今の生活に感謝しているのだろうと思うことが時々ある。でもそれは、あの時代を生き抜いた強さなんだと思う。今、戦争を体験した人々がどんどんいなくなっている。そして今日本は危険な状態にある。戦争の怖さ、辛さは体験した人たちにしかわからないかもしれない。だが、同じ過ちを繰り返さないためにも、私たちは知る必要がある。話を聞くことは難しくなりつつあるが、原爆ドームや靖国神社などを訪れて、そこで知ることはできる。今海外で戦争や紛争をしているところがある。それを他人事とは思わずにもっと真剣に考えて行く必要があると思った。だから私は、目をそらさずに、知りたいと思った。

  • #3

    神奈川 (土曜日, 30 12月 2017 13:24)

    戦争とはどういうものか私は知らない。だから、教科書だけでの出来事になってしまう。この本で体験者の話を聞いてより戦争が心に迫ってきた。忘れてはいけないことを私達は忘れてしまっているのではないか。今がどれだけ恵まれた人生かを知らないで生きている。命、人生の尊さを教えてくれる一冊だ。

  • #2

    三郎 (日曜日, 17 12月 2017 19:16)

    読んでいるうちに、筆者と同様、朝鮮半島からの逃避行を体験したという中学時代の恩師の顔を思い出した。ソ連兵に襲われそうになったら指をVの字にして目を突けと教えられたという元乙女。そういう戦争体験者のみならず戦争を知らない世代ですら高齢化した時代。
     兵器・武器を大統領が行商し、他国に戦争させて鎮圧する、正義を振りかざして起こす戦争、平和を維持するには核が必要とする主張、七十年余の平和が育む肥満体……
     そんな時代に本作品からあらためて、気がついたら戦場にいたという愚を避けたいと思った。ノーベル平和賞が必要ない世界を念願した。広島やら長崎やら世界のあちこちにある、あの日、あの時間で止まったままの時計の針を思い浮かべながら。

  • #1

    奈緒子 (火曜日, 12 12月 2017 09:16)

    私の祖父は満州引き上げ組だった。
    数年に及ぶ強制労働と同朋の死を経た彼が選んだのは徹底した沈黙とその後の自堕落な人生、そして早死にの後の遺灰から出てきた砲弾の破片だった。

    著者の後世に真実を遺そうという姿勢に頭が下がる。

    祖父は全てを自身で覆ったまま逝ってしまった。

    唯一、「死んだ仲間で暖をとり踏み越えて帰ってきた」

    という言葉を遺して。