裏門通り: おマツの激動人生

鶴 良夫/著

発売日:2018年11月27日

500円(税込)

装幀

カバー/22世紀アート

デザイン/22世紀アート


発行形態:電子書籍

ジャンル:



 時は大正十三年(一九二四年)、楠の若葉が伸び出し、花茎(かけい)いっぱいに小さな白い花が群れ、薫風(くんぷう)となってそよぐと、時にはむせるような強い香りとなって町中に漂って流れた。

 それくらいこの町には楠の巨木がやたらに多い。それは今に始まったことではない。いにしえの肥前風土記にもあるように、楠がよく栄えているサカエから、佐嘉(さが)となり佐賀の地名となったようである。楠は城跡の周囲や神社仏閣(ぶっかく)の佇まいを覆いつくすように枝葉(えだは)を広げていた。

 この町を県庁所在地として、佐賀県は全国で最も遅く誕生した。当時、何もかもがこぢんまりとした佇まいのこの町にあって、楠だけが空高く枝を伸ばし、なかには野鳥のコロニーになっているものもあった。それに比べて町の雰囲気は重くどんよりとしていた。佐賀の役で責任を取らされた江藤新平や島義勇(しまよしたけ)らの極刑(きょっけい)と佐賀城焼失による佐賀領民の言い知れぬ不満が、そこかしこに燻っていた。町の趨勢は楠の勢いに完全に負けていた。

 それに町中をいくつにも分岐して流れるこまかい水路は、藩主鍋島直茂、勝茂の二代に仕えた成富(なりどみ)兵庫茂安の治水政策により、町の西側を流れる嘉瀬川(かせがわ)から領民の飲み水として引かれたものであった。水の取り入れ口の石井樋(いしいび)から多布施川を改修して流した。

 町民に『日峰(にっぽう)さん』と親しまれている松原神社まで川を辿ってくると、楠の巨木はいよいよ本領を発揮して、あたりをうす暗くして松原川と名を変え、宗竜寺(そうりゅうじ)と裏門通りの二手に分かれる。

(本文より抜粋)

著書プロフィール


鶴 良夫(つる・よしお)

佐賀市に生まれる。

公立学校音楽教師退職後、執筆を行う。

オペレッタ『河童のお酒』台本・作曲(音楽の友社刊、学校歌劇全集に所収)。合唱曲『しっちょこはっちょこ』採譜編曲。合唱曲集『さあとび立とう』作曲(音楽の友社刊)。オペラ『カントミ』台本が鹿児島オペラ協会台本公募入賞、石井歓作曲で鹿児島と東京新宿文化センターで上演。合唱組曲『ごんぎつね』作詞作曲(音楽の友社刊)。オペレッタ『欲ばりカラス』台本、牧成輔作曲で上峰町立公民館にて上演。

 


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