大師はいまだおわしますか ─人は死後をどう生きるのか。空海からの答え─

(著) 添田隆昭

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作品詳細

[商品について]

――一般的にみられる弘法大師の座像では、大師は何色の衣を着ているでしょうか。

1.緑色、2.黄色、3.黒色

正解は本書「(二十一)夢に現われる大師」をご覧ください。

空海は高野山奥之院で今も永遠の瞑想に入っているという真言宗の入定信仰は、現代科学の中ではあり得ないものとして否定される。しかし一方で、科学的あるいは歴史学的・実証的に否定されたとしても、人生の中で大師と出会い救われた体験を持つ信者は数多く存在する。本書は、そんな科学万能の時代に、科学的・学問的検証を乗り越えて尚生き続ける信仰としての真言宗の姿を明らかにし、レイモンド・ムーディや宗教諸派の研究を通じて真言宗と日本の宗教の未来を遠望する。



[目次]

まえがき

(一)大師との出会い

(イ)暗闇を行く大師

(ロ)「わしに抱きつけ」

(ハ)タイからの花嫁

(ニ)何卒、母の苦痛を私に

(ホ)「あっ、お大師さん」「違うぞな」

(ヘ)ご宝号を唱える神父さま

(二)「入定留身(にゅうじょうるしん)」誰が、いつ、どのようにして思いついたのか

(イ)大師は火葬されたのか?

(ロ)入滅から入定へ

(ハ)藤原道長の登山

(ニ)入定留身のアイデアの源泉

(三)臨死体験の発見―レイモンド・ムーディの研究

(イ)死の瞬間とその後の安らぎ

(ロ)耳障(みみざわ)りな音

(ハ)肉体離脱(にくたいりだつ)体験

(ニ)霊的生命との出会い

(ホ)光る生命体

(ヘ)一生を振り返る

(ト)限界への接近

(チ)蘇生

(四)キュブラー・ロスの支持

(イ)末期患者は死をどう受け入れるか

(ロ)肉体は繭、魂は蝶

(五)ワトソンの疑問

(イ)心を持つゴムの木

(ロ)臨死体験は脳の幻覚

(ハ)魂はどこに

(六)ブラックモアの批判

(イ)てんかん手術で再現された臨死体験

(ロ)エンドルフィンの活躍

(ハ)体外離脱する〝我〟は存在せず

(七)立花隆の反論

(イ)エンドルフィンは関与せず

(ロ)健常者に起きる臨死体験

(ハ)アメリカ人の場合

(ニ)日本人の場合

(八)インド人の臨死体験

(イ)閻魔さまの出自

(ロ)使者の誤り

(ハ)蘇生後に残る地獄での傷

(九)臨死体験記としての日本霊異記

(イ)黄金の楼閣に住む閻魔王

(ロ)古代中国・日本と現代インドの共通性

(ハ)閻魔さまはどちらに

(十)輪廻転生説の行方

(イ)因果応報、自業自得の鉄則

(ロ)輪廻転生説のつまずき

(ハ)中国のあの世

(ニ)盂蘭盆経の登場

(十一)日本人のあの世

(イ)混乱するあの世

(ロ)イザナギ、イザナミ

(ハ)殯(もがり)の宮

(ニ)山上に降る穀物神

(十二)怒(いか)れる神

(イ)神の二面性

(ロ)大師をとりまく政治状況

(ハ)横死者の怨念

(ニ)柳田國男の仏教批判

(十三)日本人にとって仏教とは

(イ)仏像との最初の出会い

(ロ)七世の父母を救う仏像

(ハ)経典読誦へのこだわり

(ニ)言霊の幸わう国

(ホ)五大に響きあり

(ヘ)南無阿弥陀仏

(ト)戒と律のちがい

(チ)オウム真理教・教祖の躓(つまず)き

(リ)神秘体験の諸相

(ヌ)玉城康四郎教授の場合

(ル)慰霊の手段としての受戒

(ヲ)破戒僧の群

(ワ)宗祖大師の立場

(カ)伝教大師の主張

(ヨ)葬式仏教の淵源

(十四)法然・親鸞両祖と戒律

(イ)法然上人への弾圧

(ロ)弾圧者の事状

(ハ)悪人とは

(ニ)明恵上人の批判

(ホ)魚に与うべき屍(しかばね)

(十五)恵信尼

(イ)親鸞聖人の糟糠の妻

(ロ)安達泰盛による高野山町石の建立

(ハ)町石に名を残す恵信と三善氏

(ニ)坂上氏と高野山の抗争

(十六)戒名

(イ)そもそも戒名とは

(ロ)生前の受戒から死後受戒へ

(ハ)「祖先崇拝教」への変質

(ニ)土着化するキリスト教

(十七)父の死

(イ)夢に現われた父

(ロ)マイモニデス夢研究所

(ハ)いまわの際に発せられるメッセージ

(ニ)夢に託す死者の思い

(ホ)「あの世」の種々相

(十八)死者の行方

(イ)現世に重なる来世

(ロ)スウェデンボルグの霊界

(十九)あの世から現われる死者

(イ)夢

(ロ)憑依(ひょうい)

(ハ)幻の姿

(ニ)千二百年の死を生きる大師

(二十)在(いま)すがごとく死者は語る

(イ)魔境に迷いこんだベテラン登山家

(ロ)雪の中に沈みこむからだ

(ハ)シトー会の修道士

(ニ)五百年の歳月を超えた邂逅(かいこう)

(ホ)人々を救い続ける永遠の命

(二十一)夢に現われる大師

(イ)アメリカ人女性の夢に現われた緑衣の僧

(ロ)大師とカラス

(ハ)まぶさび記

(ニ)大師はいまだおわしますなる

あとがき

著者略歴



[担当からのコメント]

本書は入定信仰への自己反省を通じて、科学が隆盛を極める現代における真言宗の可能性を探る1冊です。真言宗についての1冊ですが、テーマは科学(または実証的な学問)と宗教という普遍的なものです。真言宗に関わらず、宗教や科学一般に関心のある全ての人に手に取って頂ければうれしく思います。



[著者略歴]

添田 隆昭(そえだ りゅうしょう)



1947年(昭和22年)和歌山県高野山に生まれる。

1972年(昭和47年)京都大学文学部哲学科宗教学専攻卒業。

1978年(昭和53年)高野山大学大学院文学研究科密教学専攻博士課程単位取得退学。

1981年(昭和56年)高野山真言宗企画室課長補佐。

1982~1993年(昭和57~平成5年)同課長。

1995~2007年(平成7~19年)高野山高等学校監事。

2001~2009年(平成13~21年)同校校長。

1978~2006年(昭和53~平成18年)高野山大学非常勤講師(ドイツ語、事相研究)。高野山専修学院能化(梵習字)。

2009年(平成21年)後七日御修法出仕。

2013年~2021年(平成25~令和3)高野山真言宗宗務総長。

2021年(令和3)~荒野山大学学長

高野山蓮華定院住職。定額位、傳燈大阿闍梨、大僧正。



発表論文

喜根菩薩考(密教文化119号)。真実摂経に引用された維摩経の一偈について(印度学仏教学研究26巻)。

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