咸北避難民苦難記:朝鮮咸鏡北道在住邦人の終戦悲史

(著) 赤尾覺

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昭和20年8月9日。
突如として日ソ中立条約を破棄したソヴィエト連邦は、この日を境に日本と交戦状態に入った。北朝鮮北東部に位置する咸鏡北道(咸北[かんぽく])も、ソ連軍の侵攻により戦場地帯と化した。
避難命令で住み慣れた家・土地を脱出した咸北在留邦人は、8月20日過ぎに白茂高原山中で敗戦を知り、行き場を失い途方に途方に暮れた。亡国の流民となり1ヵ月、300Kmを徒歩、野宿を続けて南下、咸鏡南道の咸興・興南・元山に流入したが、38度線開設で足止めされ、これらの都邑で餓死・凍死・伝染病死の三重苦と戦いながら避難民生活を余儀なくされた。
本書は、ソ連軍の侵攻から逃れ、1年近くの悲惨な避難民生活の末、決死の覚悟で38度線を突破した咸北避難民の知られざる戦争の記録である。
歴史の教科書はここにある。全ての日本人に届ける一冊。

「目次]
序文 あの記憶が歴史の闇に埋もれぬために
ソ連参戦と悲劇の序章
敗戦前後の咸北
ソ連軍侵攻、咸北各地に避難命令
北鮮の日本陸軍・清津の戦闘
酷暑・炎天下の避難行
生き地獄の越冬避難民生活
 咸興の集結・越冬
 富坪の越冬避難民生活
 興南の集結・越冬
 元山の集結・越冬
 清津・羅津・雄基・阿吾地など原住地の越冬
決死の三十八度線突破
 咸興の大量集団脱出
 元山の大量集団脱出
 清津・羅津・雄基など原住地からの脱出
【カムチャッカ漁業労務】
祖国に帰り着いて
(あとがき) 忘れたい記憶と忘れられない記憶
参考資料
著者略歴

[出版社からのコメント]
8月9日、私たちは原爆の犠牲者に平和への思いとともに祈りを捧げます。しかし、この日に私たちの現在につながるもう一つの歴史が始まっていたことを、本書は遠く朝鮮半島の凍土に眠る人たちの声と共に私たちに届けます。言葉では尽くしがたい彼らの思いを、一人でも多くの方に感じていただけることを切に願います。

[著者プロフィール]
赤尾覺(あかお・さとる)
昭和6(1931)年長崎県五島福江町(現五島市)生。三歳のときに渡鮮、朝鮮咸鏡北道會寧邑に昭和20年まで在住。31年早稲田大学卒業、北海タイムス社入社、のち毎日新聞北海道発行所に移ったが眼疾のため退社。日本繊維新聞、重工業新聞、日本食糧新聞(委嘱)に勤務。
この間北朝鮮引揚者の手記・記録を収集、季刊「望郷」(1〜12号)、「写真集慕情北朝鮮」など出版。

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