子規ノート覚書:子規がよみがえらせた短歌の「種」をみる

(著) 泉是

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[商品について]
―命をかけて切り拓いた近代短歌への道―
正岡子規が発表した「歌よみに与ふる書」は、古い短歌の呪縛から逃れ、近代短歌を生み出す出発点となり、瑞々しく抒情的な多くの近代短歌を生み出した。
しかしその裏には、旧態依然とした明治の歌壇に対する子規の焦燥と、明治天皇の意向によって生まれた「御歌所」の息の根を絶ち、和歌を民衆に取り戻そうとする強い使命感に支えられた、たった一人の命がけの短歌革新運動があった。
本書は、「歌よみに与ふる書」や、並行して連載していた短歌「百中十首」などの子規の作品を読み解きながら、その文学性や革新運動を改めて捉えなおそうとする作品である。

[目次]
序 なぜ今子規か
第一章 子規の短歌革新の歩み
 短歌革新までの歩み(明治十八年~明治二十九年)
 短歌革新の前夜(明治三十年)
 短歌革新(明治三十一年)
第二章 「歌よみに与ふる書」を読む
 第一回「歌よみに与ふる書」(明治三十一年二月十二日 新聞「日本」)
 第二回「再び歌よみに与ふる書」(明治三十一年二月十四日 新聞「日本付録週報」)
 第三回「三たび歌よみに与ふる書」(明治三十一年二月十八日 新聞「日本」)
 第四回「四たび歌よみに与ふる書」(明治三十一年二月二十一日 新聞「日本」)
 第五回「五たび歌よみに与ふる書」(明治三十一年二月二十三日 新聞「日本」)
 第六回「六たび歌よみに与ふる書」(明治三十一年二月二十四日 新聞「日本」)
 第七回「七たび歌よみに与ふる書」(明治三十一年二月二十八日 新聞「日本」)
 第八回「八たび歌よみに与ふる書」(明治三十一年三月一日 新聞「日本」)
 第九回「九たび歌よみに与ふる書」 (明治三十一年三月三日 新聞「日本」)
 第十回「十たび歌よみに与ふる書」(明治三十一年三月四日 新聞「日本」)
第三章 「百中十首」解説
 其一(白雲選)(新聞「日本」 明治三十一年二月二十七日)
 其二(徒然坊選)(新聞「日本付録週報」 明治三十一年二月二十八日)
 其三(某選)(新聞「日本」 明治三十一年三月一日)
 其四(碧梧桐選)(新聞「日本」 明治三十一年三月二日)
 其五(虚子選)(新聞「日本」 明治三十一年三月三日)
 其六(鳴雪選)(新聞「日本」 明治三十一年三月四日)
 其七(墨水選)(新聞「日本」 明治三十一年三月五日)
 其八(戯道選)(新聞「日本」 明治三十一年三月六日)
 其九(竹柏園選)(新聞「日本」 明治三十一年三月七日)
 其十(露月選)(新聞「日本」 明治三十一年三月八日)
 其十一(遠人選)(明治三十一年三月十日)
第四章 「百中十首」の中の動物、植物
第五章 「百中十首」における漢字、漢語の多用
第六章 子規の本歌取り
第七章 柿の歌
第八章 子規の「文学」の導入
第九章 明治の華族制度と短歌革新
第十章 子規が短歌革新にかけた思い
第十三章 『獺祭書屋俳句帖抄』上巻序文について
第十二章 河東碧梧桐『子規の回想』と意表性
第十三章 河東碧梧桐『子規の回想』の十章「百中十首」
第十四章 『坂の上の雲』について
第十五章 玉城徹『短歌復活のために 子規の歌論書簡』について
著者略歴

[出版社からのコメント]
正岡子規というと、歌人より俳人としての顔の方が知られているかもしれません。万葉集を至上とし、勅撰和歌集を徹底的にこき下ろした「歌よみに与ふる書」は、当時はもちろん現在でも賛否の別れる内容であり、それだけ多くの影響を持っているということもできます。短歌に興味がある方はもちろん、明治時代を始めとする日本の文学に興味を持たれている方にもぜひ手に取っていただければ嬉しく思います。

【著者プロフィール】
泉 是(いずみ・まこと)
1936年10月12日 愛媛県新居浜市に生まれる。
東北大学文学部美学美術史学科卒。
愛媛県立砥部高校を振り出しに、松山南高校、三島高校に勤務。新居浜市立商業高校に移籍、県立移管後も同校に勤務。1996年3月退職。
新居浜工業高等専門学校教授(1996年4月~2000年3月退職)。
著書に『私のなかの旧別子』(1994 近代文芸社)、
『さらば青春』(1996 創風社出版)、
『子規の文学―短歌と俳句』(2002 創風社出版)、
『正岡子規の日常』(2007 創風社出版)、
『時の流れをみつめて』(2008 文芸社)。

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