消えた妻女

(著) 周防凛太郎

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作品詳細

ー本文よりー
年の暮れである。
秋山敬四郎の家でも新年を迎える準備がすすんでいた。
妻の志津は張り替えのために敷居から外した障子を庭先で洗う作業に余念がない。
敬四郎は冬の陽光がやわらかく射し込む座敷に端座している。数年間にわたって調べ書き綴ってきた『藩内産業沿革史』の稿を整理しながら時々、ちらと志津に視線をむけた。
かいがいしく立ち働いている志津は面長で黒い瞳が美しい整った顔立ちをしている。
その顔をひときわ引き立たせているのはたわわな黒髪である。その黒髪が陽光にあたってつややかな緑色に見える。いまだ子供を産んだことがない均整のとれた丸みを帯びた躰つきのため、赤い襷をかけた濃紺の絣の着物がよく似合っている。
敬四郎は藩の御徒士組方、禄高二十五石の下級武士であり、今年、三十五歳になる。
父親の代からこれといった御役につけずにいる。だから昔と変わらないつましい暮らしぶりである。だが敬四郎は妻の志津との生活に不満はない。
敬四郎は人並みすぐれた体躯を持ち、幼い頃から剣の修業を重ねてきた。天分もあってか今では、無双流の使い手として藩内にその名を知られている。
再び志津にちらと視線をむけたところで、妻と出会った十年前のことがよみがえってきた。敬四郎は藩領の検地手伝いで木野村庄に行った。そして庄屋、木野村太兵衛の屋敷で給仕に出た志津と出会った。
澄んだ黒目がちの愛くるしい笑顔と背筋のすきっと伸びた立ち居振る舞いが初々しかった。
敬四郎は直感で妻にしたい女だと思った。

表題作を含む五つの時代小説を収録。

著者プロフィールーーーーー
周防 凛太郎(すおう・りんたろう)

昭和19年 福岡県豊前市に生まれる。
昭和43年 中央大学法学部法律学科卒業。
平成16年 福岡県警察(地方警務官)を退官後、日本詩吟学院岳風会認可筑紫岳風会会長、全日本漢詩連盟理事、福岡県漢詩連盟会長、朝日カルチャーセンター福岡の講師を務めた。
主な著書『遠帆楼詩鈔』『遠帆楼詩鈔後編』『白石廉作漢詩稿集』『和語陰隲録』『漢詩七言絶句の作り方』『周洋詩草』等。

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