仲哀と神功――伝承から歴史へ:神功紀異聞

(著) 坂本繁俊

Amazon

作品詳細

[商品について]
―卑弥呼にも擬されるトップレディー、神功皇后の人生―
『古事記』や『日本書紀』ができあがるのは八世紀になってからで、「記紀」の天皇系譜が史実としてほぼ信じられるのは応神天皇以後の時代に入ってからといわれている。では、応神天皇の父である仲哀天皇や仲哀天皇の后であり幼少より聡明で美しかったといわれる神功皇后は実在していたのだろうか。本書は、混乱し作為に満ちた『日本書紀』などの記述から実在性を疑う見方が多い仲哀天皇や神功皇后について、北部九州に数多く残されている神功皇后の伝説や神社の由緒、社伝等を整理し、それらが全くでたらめに残っているのではないことに着目した著者が、『日本書紀』の記述に北部九州に伝わる話を継ぎ合せ、省かれた部分を補って一つのつながりを持った神功紀として再構築した作品である。古代日本の息吹が伝わる一書として、示唆に富む内容となっている。

[目次]
はじめに
足仲彦天皇 仲哀天皇
序 日本書紀 巻第八  足仲彦天皇(たらしなかつひこのすめらみこと)   仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)
天皇即位
穴門の豊浦
香椎宮へ
神の教え
気長足姫尊 神功皇后
本章 巻第九  気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと)   神功皇后(じんぐうこうごう)
神の正体
熊襲征伐
末盧国巡視
那珂川の裂田溝(さくたのうなで)
出兵準備
新羅出兵
出産の延期
新羅の降伏
皇后凱旋
皇子誕生
皇軍の解散
周防灘をめざす
豊浦宮へ
凱旋異伝
終章
麛坂王(かごさかのみこ)・忍熊王(おしくまのみこ)の策謀
忍熊王の最後
附 録
附録
新羅の捕虜
大殿の宴
魏志の引用
百済の好意
百済・新羅の朝貢
新羅再征
百済の忠誠
七支刀の銘文
【参考資料】
著者略歴

[出版社からのコメント]
古代の人々の見た風景を私たちは見ることはできませんが、残されたかすかな声からその風景を心のなかに蘇らせるのも歴史の楽しみのひとつと言えるのではないでしょうか。そんな読書体験のひとつとして、本書が多くの方の心に古代の情景を蘇らせる一助となれば嬉しく思います。

【著者略歴】
坂本 繁俊(さかもと・しげとし)

一九四九年佐賀県東松浦郡浜玉町生まれ。
一九六七年唐津工業高校機械科卒業。
一九七四年浜崎郵便局入局。
一九九八年前原郵便局に転勤。
二〇〇二年同局退職、現在に至る。

当地の宇美八幡宮の由緒、神功皇后の伝説にふれ、調査、書き残すことを思いたつ。

新刊情報