尾田貢 歌集 日本の岸 船乗りたちの歌

(著) 尾田貢

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作品詳細

[商品について]
―海から貰った、私の歌―
黄に熟れし麦ひびきくる貧しくも日本の岸の美しき初夏
一生の生活の場を海としてふる里を発つ二十六歳の春
この乗船の気怠さは人生に倦むまいと倦むまいとしている心
南風北回帰潮に拡がりて日本の四月へわれらと向かう
父の声も母の声も聴いて航く白い陽は今ふるさとの上
(本書より)
漁師として、船員として、海に生き世界を廻る歌人が詠いあげた人生、海、家族、そして生ーー過酷な労働の中で稀有な感性が紡ぎ出す海と人の魂の倭歌。

[目次]

日本の岸
捕鯨船乗船
荒天航海
闘 う
ふるさとの沖
父  母
休暇下船
日本海域
鳴門海峡
売  船

佐世保
近海航路へ
メナム河
つばくろ
海に生きる
爪  跡
日本の岸
北の海 南の国
北の海――ベーリング海
カナダ タイシス港よりシドニーへ
ハワイ近海
パナマ運河 ミシシッピー河
西廻り世界一周航
ミシシッピー河
ペルシャ湾
南緯六度
飛魚そして燕

水  子
航  海
信天翁(あほうどり)
汽  艇
吾  児
世界の二大運河
妹マチ子逝く――三十八歳
妹春子逝く――二十八歳
北極圏
長男誕生――昭和五十九年九月二十三日
あとがき
著者紹介

[担当からのコメント]
故郷を離れ家族を残してときには数年ものあいだ船の上で生きる生活が、和歌がもつ祈りや目に見えないものへの思いをより鮮明に、より濃密に表現させている、本書はそんな作品が数多く収められた短歌集となっています。どこか万葉的な読後感も漂う本書、ぜひご一読ください。

[著者プロフィール]
尾田 貢(おだ・みつぐ)

一九三九年 四月七日生まれる。父・實、母・シズの長男。弟、妹、妹、弟(早逝)、妹、弟、妹が生まれた。父は漁業。
      長崎県松浦市星鹿町岳崎免二四六四番地。
一九四六年 星鹿小学校入学。
一九五二年 星鹿小学校卒業。
      小学六年生時西川萬洲郎先生から石川啄木の歌聞かされる。
      末武先生から永井隆の歌聞かされる。
      「愛は死を越えて」ローゼン・バーグ夫妻の手紙読む。
      「明治天皇と偉人伝」(表紙なく仮題、本の厚さ十センチ以上)読む。
      「若きらは戦の庭に出ではてて翁やひとり山田守らん」の和歌覚えている。
      詩作あり短歌作り始める。
      四月新御厨中学校入学。
      「昭和文学全集」読耽る。
      中学三年当時の担任樋口健一先生、熊本通信学校受験薦めに来られる。
一九五五年 三月御厨中学校卒業、同時に漁業に従事。
      金栄丸(五トン)二十歳までの五年間の初夏、秋まで夜釣り漁、イカ・いっさき・鯖・鰹等を釣る。定時制高校の同年より人生手帖知る。
      恵美須丸(十二トン)一九五五・五六年の二冬、大羽鰯の刺網漁。
      白鷗丸(巾着船)鯛網十八、十九歳の二冬は対馬のイカ釣りへ。
      石川啄木、武者小路実篤の作品読む。
一九五九年 十一月郷里を出て中型マキ網漁船(佐賀県名護屋)浦方漁業へ。
      人生手帖歌壇へ投稿始めた。
一九六一年 日東捕鯨日東丸へ、近海捕鯨正邦丸宝生丸に乗船、(北海道厚岸郡浜中村霧多布基地)機関員。
一九六三年 昭栄丸(四二〇トン)六ヶ月乗船後、九月原海運第二菱山(りようざん)丸(一九〇〇トン)機関員一年乗船後菱山丸に転船、二十五歳操機手となる。
      人生手帖短歌信夫澄子選、海員宮柊二選に投稿続ける。詩は赤木健介丸山薫選に投稿後に秋谷豊選、この後十余年選を受ける。
一九六六年 あゆみ短歌会員となる。あへっど(海上文化活動家集団)同人となる。広きずなの筆名で詩を発表する。
一九六八年 永元海運第一永春丸乗船、バンコク―ボルネオ―日本定期航路。
      十二月倒産・解散(五五〇〇トン)三三名乗組員。
一九六九年 二月東光商船、港星丸(六〇〇〇トン)操機手。
      ニュージランド松材横取り、ソロモン群島、韓国等へ寄港、世界三大美港のひとつシドニーへ。
一九七〇年 六月帝光丸(七〇〇〇トン)。
      アメリカ―カナダ―オーストラリアへ航海。
一九七一年 第六全購連丸(五万重量トン一二八〇〇馬力)艤装員処女航海へ。
      アメリカ東岸二航海後水島港より西廻り世界一周航海。昭和四十五年度緑の歌壇石田マツ賞受ける、信夫澄子選。
      海員歌壇宮柊二選、海員年度賞を受ける。
      山星丸、朱光丸、銀光丸(タンカー)に乗船。
      「あゆみ短歌」休刊。「人間詩歌」創刊、会員となる。
一九七四年 瑞星海運と合併、瑞東海運となる。
      十一月ペルシャ湾にて三国間就航(日本へ帰港しない航路)。
      あんです丸(二七万トン、四万馬力、三十名乗員)に乗船。
一九七五年 十月ローマ―アムステルダムへ飛行中、アルプス山脈の美しさに見とれた。
      一九七五年二月~一九七六年六月までヘーゼル・プロスペリティ(あんです丸と同型船)に乗船。六月下旬の北極も忘れられない景色であった。
一九七八年 池野喜久美と結婚。らいん丸、あむーる丸(二三万トン)、ワールド・エミネンス(二六万トン)と乗船。
一九八一年 黄光丸に乗船。十一月長女若葉誕生。一九八二年一月、妹マチ子死去(三十八歳)。一九八三年一月イースタン・ヘーゼルに乗船(礦油兼用船)北極圏であるノルウェイナルピク港へ。
一九八四年 九月長男賢太郎誕生。
一九八五年 妹春子死去(二十八歳)。
      瑞東海運(株)退職。
一九八六年 三月次女あゆ美誕生。倉橋工業に三年間働く。
一九九一年 人間詩歌創刊二十年、合同詩歌集「合唱」発行される。
一九八九年 十月新松浦ポートサービス(株)入社、現在に至る。
      「歌の実」松浦短歌会員。

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