僕が22世紀アートという出版社を立ち上げた理由

僕は、昔から人のたぎる想いを聞いては人に伝えるのが大好きなのだ。
できる限り沢山の人のたぎる想いが知りたくて、いつのまにか人と話をしながら、周囲の話もいくつか同時平行で聞けるようになっていた。

高校・大学の頃は、本に加えて、インディーズ音楽のたぎっている歌詞収集にもハマっていた。また、電車やバスに乗っては、よくウォークマンを聞くふりをして、知らない人たちの会話に耳を傾けていた。それこそ、話を聞くためだけに電車を往復したこともある。

周囲にあふれる「たぎる想い」をできる限り知りたい。

そう、僕はずっと「たぎる想い」集めに狂っている。

この狂いが、当時全国模試で数学日本一にもなった僕が理系の道ではなく「たぎる想い」を追い求める人生を選んだ理由だった。それは、勿論、職業的な作家ではなく、ただただ自分のたぎる想いを形にしている自主制作作家と共に生きる道である。

最初のキャリアは、音楽業界(インディーズ / ヒップホップ)となった。ヒップホップが好きだった理由は、現在のような市民権を得る前のヒップホップは歌詞(リリック)がとにかくたぎっていたからだ。

次のキャリアは、アート業界となった。アート業界は、99%自主制作の業界となる。言葉では言い表せない「たぎる想い」を学びたかったのが転職の理由である。そこで役員になり、業界を変えようと奮起していた。

しかしながら、二つの業界を経験した私は共通の違和感を感じることになった。

それは、音楽やアートには、容易に理解されないことをむしろ誇る文化がある。いわゆる、売れない美学だ。本当は売れたいと思っているのに「売れない美学」を言い訳にする人たちがとても多く、全く理解できなかった。

それは、見せかけだけで真の「たぎる想い」ではなかった。

それに気付き、導かれるように起業したのが出版業界だった。自費出版だろうが商業出版だろうが、出すからには、売れなければ、読まれなければ意味がないと全力で思っている人たちの集まりであることは知人から聞いていたからだ。

この世に売れなくていい本は、1冊もないという事実こそが僕の追い求めていた真の「たぎる想い」だった。

僕は、生涯をかけて「一人のたぎる想いを人々の感動に変えること」を全うする。

何かを伝えたい想いがある全ての人が、あらゆる状況下においても本を出し、その想いを受け取りたい全ての人が、あらゆる状況下においても本を読める環境を作るまで、僕の挑戦は終わらない。

それが22世紀アートを立ち上げた理由であり、使命である。

株式会社 22世紀アート
代表取締役 向田 翔一